廃棄物から社会が見える 建材をつくる段階から環境配慮を

石坂産業 代表取締役 石坂典子 氏


埼玉県入間郡三芳町で、産業廃棄物処理を行う石坂産業は、最新設備の導入、独自の工夫などで処理が難しいとされる建設系産業廃棄物のリサイクル率98%を達成し注目を集める。石坂典子代表取締役は「建築材料が製造されてから50年後にどのように寿命を終えるのか。知らないでは済まされない時代が来ている」と話す。

1972年東京都生まれ。高校卒業後、米国の大学に短期留学。1992年父親が創業した石坂産業に入社。埼玉県所沢市周辺の農作物がダイオキシンで汚染されているとの報道を機に、「私が会社を変える」と父親に直談判し、2002年社長就任。「社員が自分の子供も働かせたい」と言える企業創りを目指し、女性の感性と斬新な知性で産業廃棄物業界を変革する経営に取組み“見せる・五感・ISO 経営”に挑戦している。 2016年日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2016・情熱経営者賞」受賞。2018年日刊工業新聞社優秀経営者顕彰「第35回記念特別賞」「優秀経営者賞」受賞。平成30年度財界「経営者賞」受賞。エイボン女性年度賞2018「ソーシャル・イノベーション賞」受賞。

──御社の資源再生の取り組みが注目されています。取り組みをスタートするきっかけを教えてください。

石坂産業は、私の父が創業した会社ですが、1999年、会社の存続が危ぶまれる危機に瀕しました。埼玉県所沢市で生産された農作物からダイオキシンが検出されたという報道が広がり、地元の農家に大打撃を与えたのです。報道をきっかけに有害物質の発生源は、廃棄処理に伴う焼却炉にあるという濡れ衣を着せられ、地元の産廃事業者は、地域住民から激しいバッシングを受けました。特に地元では大手の石坂産業への風当たりは強く、2001年、事実上の撤退、廃業を求める行政訴訟が起こりました。当時私は、会社で営業統括の仕事をしていましたが、大バッシングを受ける中で、父に「私を社長にしてくれ」と直談判しました。産業廃棄物処理という仕事は、悪者にされ、迷惑がられる仕事です。しかし、人が生活する上で、また企業が経済活動を行う上で、ゴミは必ず発生し、誰かがゴミを処理する仕事を担わなければなりません。

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