効率だけを追い求めて暮らしをないがしろにしてはいけない
田中ナオミアトリエ一級建築事務所 田中ナオミ 氏
高断熱化や省エネ基準への対応が進み、住宅性能を数値で評価する流れが加速している。一方で、その数値だけでは測れない「心地よさ」や「豊かさ」が住まいにはあるのではないか――。そう語るのが、住宅設計を専門とする建築家の田中ナオミ氏だ。

[プロフィール]
1999年に田中ナオミアトリエ一級建築士事務所を設立。メディア出演、執筆活動を通して、家事のしやすい家づくりやモノを大切にする暮らし方を発信している。住宅設計を専門とする建築家として、人の暮らしを主軸に据えた家づくりを実践している。また、「住宅医」の資格を持ち、既存住宅の調査や改修設計などにも取り組んでいる。
人間の本能的な心地よさは数値では測りきれない
現在の住宅業界では、高断熱化や省エネ基準への対応が進み、住宅性能を数値で評価する流れが加速しています。しかし私は、その状況に強い危機感を抱いています。
法律を守り、基準をクリアすることはもちろん大切です。ただ、それはあくまでも最低限の条件に過ぎません。数値を満たしたからといって、それだけで良い住宅になるわけでも、豊かな暮らしが実現するわけでもありません。それにもかかわらず、つくり手も住まい手も、数値の達成そのものが目的になってしまっているように感じます。
しかし、年中、魔法瓶のような箱の中に閉じこもり、窓を閉めきってエアコンの機械だけで管理された環境の中で暮らす。それは本当に「豊かな住まい」といえるのでしょうか。このような住宅ばかりが普及すれば、人々は本能的な「気持ちいい」という感覚を失ってしまうのではないかと思います。機械に管理される前に、自分で判断して暮らすことが大切なのではないでしょうか。
人間には本来、環境順応力があります。夏になれば暑いし、冬になれば寒い。その自然の摂理に素直になって、暑ければ服を脱ぐし、汗をかく。寒ければ一枚羽織る。そうやって、自分の体感で心地よさをコントロールして生きていくのが、生き物として健全な姿ではないでしょうか。数値や性能値が最優先される現状の高断熱化ブームの中で、感覚的な話をすると、すごく時代遅れのような見方をされることもありますが、感覚的な部分をないがしろにして住宅をつくることにこそ危険信号を感じています。
かつては、憧れる住宅が街中にたくさんありましたし、新しいことにチャレンジする住宅作家の方たちも沢山いました。しかし時代の変化によって、挑戦できる場所が減ってきたなと思います。法律による制限もありますし、施主の方の要望や価値観も変化してきました。
住宅の価格が高騰していることに加え、インターネットやSNSの影響もあり、住まい手の側に「損をしたくない」「失敗したくない」という意識が非常に強くなっています。その結果、UA値がいくつだから安心だとか、この断熱材が何ミリ入っているから快適なはずだとか、自分の感覚や考えがなく、ネットで仕入れた情報だけで判断する傾向があります。家というものを、自分たちの暮らしの背景として捉えるのではなく「スペック化された工業製品」として買おうとしている人が増えてきています。
そこには、経済性、効率性の追求だけがあり、作る楽しさや住宅への愛というものはありません。一つの選択肢として工業化された住宅を見てみるのもいいとは思いますが、そこで思考が止まってしまい自分に合った住宅はなにか、住まいにはもっと様々な選択肢があることを考えられない住まい手の方が多くなりました。
「パッシブ」ではなく、動物的な気持ちよさを設計する
私自身は自分から「パッシブ」という言葉を一切謳っていません。私が住宅を設計するうえで一番大切にしているのは、もっと動物的な気持ちよさです。私は主に郊外型の住宅を設計しているのですが、住宅ごとに「この場所にはどういう風が吹くのか」「どの窓を開ければ気持ちよく空気が入れ替わるのか」という住宅と外部環境との関係性を読み解きます。そのうえで、人間が動物的に気持ちの良い暮らしをするために、太陽の光をどう室内に取り入れるか、爽やかな風をどう流すかを考えています。こうした動物的な気持ちよさを住宅に落とし込んでいくと、それが結果的にパッシブと呼ばれるような住宅になっているのだと思います。
正直に言うと、ハウスメーカーなどの住宅事業者が進める大量生産・工業化の家づくりと、私たちのやっている設計は、建築という同じ括りに入ってはいるけれど、まったく別の世界のものだと思っています。
私は建築家ですので、作っているのは工業的な住宅ではなく、大工さんが現場で手を使って一つひとつ積み上げていく、手作業の「こしらえもの」です。
決まった答えや規格がないので、自分の感覚に素直になって、自分が気持ちいいと思える住宅を作るほかありません。私に設計を依頼してくださる施主の方は、皆さん「自分の家を、自分たちの手でつくりたい」という強い意志を持った人たちばかりです。
住まい手との関係性も「売る・買う」というビジネスだけでは成り立ちません。
私は家をつくる際には必ず、対面で顔を合わせてどんな人かを確認します。建築家として住宅を設計する以上、その住宅には責任を持たなければならないからです。
建築家の仕事は、人との関係性の上でより良い住宅を建てることです。大工や設備工事の方と協力をしながら、住まい手の方に喜んでもらえるように図面以上のものを目指す。これが工業化した住宅との違いです。
住まいの要望を聞くときも、「子供部屋がいくつ欲しい」という話ではなく、「普段、どんな風に過ごしている時間が一番幸せですか」「どんな生き方をしていきたいですか」という、友達とも話さないような深く踏み込んだ話をします。それを消化して、形にしていく。それが住宅を作るということだと考えています。
そのため、家が出来上がった時には、住まい手の方とは親戚のような関係になります。
リノベーションに残された作る楽しさ
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