2024.1.17

相次ぐ防耐火の法改正―中大規模木造普及の切り札になるか

桜設計集団一級建築士事務所 代表 安井昇 氏

近年、脱炭素などの観点から中大規模木造建築が注目されている。国は防耐火に関する法改正を相次いで実施。建築事業者が中大規模木造に取り組みやすい環境づくりを進めている。防耐火の法体系に詳しい桜設計集団の安井代表に、このポイントを聞いた。

桜設計集団一級建築士事務所
代表 安井 昇 氏

──防耐火に関する法改正が相次いでいますが、市場に変化は見られますか。

これまでの法改正の主な流れから説明すると、インパクトが大きかったのが1992年の建築基準法改正です。準耐火建築物の概念が導入され、3階建まで45分準耐火構造による設計が可能になりました。その後、00年の改正では木造耐火建築物が新たに定義され、防火地域や4階建以上での木造化が可能になっています。

さらに、19年6月の改正では、建築基準法で定める耐火要件の性能規定化が行われ、高度な準耐火構造+安全上の措置などによってその要求性能を満たすことで耐火建築物と同等として、4階建以上の準耐火建築物が建てられるようになりました。また、75分、90分の準耐火構造も新たに設定され、燃えしろ設計ができる立地、規模、用途範囲が広がり、意匠上の設計の自由度が高まりました。相次ぐ法改正によって、木造で建てられる範囲を増やそうとする動きが加速していると言えます。

しかし、23年12月現在、この19年改正の基準で建てられた建物は、私の知る限りほとんどありません。92年基準は少なくとも50万棟以上、00年基準も1万棟ほどですが、19年基準は片手で数えられる程度です。その理由は大きく二つあると考えています。

一つ目は、そもそも法改正自体が建築事業者に浸透していないことです。法改正があったことは知っていても、内容まで知っている人はあまり多くない。内容を知らなければ取り組みようもありません。

二つ目は、建築事業者にとって、19年基準の準耐火建築物にわざわざ切り替えるメリットが少ないことです。従来は耐火建築物でしか建てられなかったものを準耐火建築物にするには、開口面積を小さくしたり、スプリンクラーを設置する必要があるなど、手間もコストもかかります。準耐火建築物にすることで燃えしろ設計によって木材をあらわしにできますが、建築事業者からすれば、安価で施工も慣れている石膏ボードを使って、耐火建築物にする方がコストメリットが大きい。特に、昨今は資材価格や人件費などが高騰していることから、少しでも価格を抑えられる方を選択するのは自然な流れです。そのため、19年改正から4年以上が経過した今も、耐火建築物で建てられている建物が圧倒的に多いのです。得られるメリットを天秤にかけた上で、取り組みやすい方を選択した結果の表れと言えます。私も指定がない限りその選択をすると思います。

19年基準で建てられた建築の例として、23年2月に竣工した「新浜町団地県営住宅2号棟」(徳島県徳島市)があります。日本で初めて、木造あらわしで建てられた準耐火4階建ての共同住宅です。具体的な建設費は明かされていませんが、耐火建築物で建てるよりもコストが掛かっていることは間違いありません。

──19年基準が使われるようにしていくためには、どうすべきでしょうか。

法律の内容を広く認知してもらうことが、まずは重要だと思います。19年基準は、まだ(一財)日本建築センターからマニュアルが出ていません。耐火建築物と準耐火建築物を比較した資料もなかなかないので、どういった違いがあるのかが見えにくい。それぞれのメリット・デメリットが事業者側にもう少し明確に伝わるようになれば、状況が変わってくるかもしれません。

23年施行の耐火性能に関する技術基準の合理化

また、法律の精緻化も今後は必要になってくるのではないかと思います。現状の法律は、「大は小を兼ねる」といったように最大規模のものを基準に考えられています。つまり、一つの法律で定める範囲が広すぎるがゆえ、法律の要求性能がオーバースペックになっている部分があるということです。

例えば、建築基準法61条は、防火地域/準防火地域に延べ床面積1500㎡以上の「3階建耐火建築物相当の建築物」を建てる場合の主要構造部への要求性能を定めています。そのなかで、物販店舗について延べ床面積3000㎡以下のものは、外壁に90分準耐火構造、外壁開口部は20分防火設備、間仕切り壁、柱などは60分準耐火構造といった性能を求めています。1500㎡でも3000㎡でも求められる性能は同じというわけです。しかし、法律で規定する最大規模の建物が建つことは稀です。ボリュームゾーンとして建てられている建物サイズと、法律の規定範囲が噛み合っていないのです。

この部分について、法律の精緻化を図り、もっと使いやすい法律にすることができれば、19年基準を使った準耐火建築物への取り組みやすさにつながるのではないでしょうか。そういう意味では、23年4月から施行されている「建築基準法施行令の一部を改正する政令」は非常に良い例だと思います。

この政令では、「耐火性能に関する技術基準の合理化」を行うことが明記され、階数に応じて要求される耐火基準が60分刻みから30分刻みに精緻化されました。具体的には、建物の最上階から4階までは60分耐火、5階以上14階以下には120分耐火が求められていたところに、5階以上9階以下の要求性能として90分耐火を導入。従来の中間となるような基準が設けられたことで、建物サイズに見合った基準が確立されたものと言えます。

──法改正に合わせ、新たな技術開発などは進んでいるのでしょうか

「建築重量が増すので石膏ボードをたくさん張りたくない」、「難燃処理木材は高すぎて使えない」という声はよく聞きます。ほかの選択肢があるなら、それを使いたいというのが事業者の本音でしょう。しかし、今は実質的に石膏ボードしか選択肢がないような状態です。安価で施工に慣れている業者も多く、現状最強の材料と言えます。それだけに、完全に取って代わるものを開発することは難しいでしょう。

とはいえ、新たな技術開発が全く進んでいないわけではありません。今、いくつかの業界団体で開発が進められているのが、無処理の板材で構造部を被覆した耐火・準耐火設計です。

近年、戦後に植えられた木々が利用適齢期を迎え、大径材の出荷が増えています。こうした木々からは、太く頑丈で良質な構造材が取れるほか、側の部分からは板材が多く取れます。それを被覆材に使うことで、リーズナブルな耐火・準耐火が実現できるのではないかというわけです。

細かい技術のことに関してはまだ話せませんが、1、2年以内にはいくつかの業界団体から認定が出始めると思うので、24年以降に動きがあるものと見ています。新技術が確立されることで、今後の木造建築の作り方が変わってくる可能性は十分あると思います。