デジタル田園都市でスマートホームの姿が変わる
暮らしビッグデータ活用の新時代
国が進めるデジタル田園都市国家構想。間もなく、その戦略がまとまる。デジタルツールの実装により、地域に活力を取り戻すその構想は、住宅産業界にとってもさまざまな面から大きなインパクトを持つ。その一つが、暮らしのなかの膨大なデータを活用した新市場の創出だ。データ収集の場であり、それらを活用して生み出した新サービスを提供する場でもあるスマートホームの広がりが、いよいよリアリティを帯びてきた。
今、スマートホームへの取り組みに加速がついている。スマートホームは、1980年代に米国で生まれたと言われており、日本においては、1990年頃からホームオートメーションを軸とした”未来住宅”として取り組みが始まり、以降、時代の変遷にともなって新たな取り組みが進んだ。例えば、インターネットが一般化するなか、スマートフォンにより操作を可能とするIoT機器が登場、それまでの取り組みから大きくステージが変わった。また、省エネや環境意識の高まりを背景に、HEMSを核としたエネルギーマネジメントが広がった。直近では、2010年代後半にAmazon Echoなどスマートスピーカーが登場し、音声による機器制御も進んだ。
機器のIoT化と、その普及も急速に進んだ。例えば、スマートメーターの出荷台数はほぼ世帯数に達している。設備機器だけでなく、電気錠を備えるスマートドア、スマホで制御できるシャッターなどを建材メーカー各社がラインアップしている。
こうしたなかでさまざまな住宅関連企業が、スマートホームの新たな展開を始めている。
LIXILは、IoT実験住宅「みらいえらぼ」(埼玉県越谷市)を開設、IoTホームリンク「Life Assist2」の強化、また、スマートホームの普及を加速させる。
三菱地所は総合デベロッパーの知見を武器にスマートホームサービス「ホームタクト」を自社開発した。(独)都市再生機構と東洋大学情報連携学部は連携して「オープンスマートUR」を展開、先には築約60年のUR団地をリノベしたモデルハウス4戸を公開した。スマートホームを差別化の武器と捉えた住宅事業者の導入も広がる。中古マンションのリノベーション事業を展開するホームネットは、新たに戸建リノベ事業を立ち上げたが、差別化の武器としてパナソニックのIoT機器を導入したスマート化を前面に打ち出している。スマートホームの取り組みは大手ハウスメーカーから裾野が広がりつつある。さまざまな事業者がスマートホームのプラットフォームを構築し、そのサービス展開を進めている。
近年の動きではAIの普及がスマートハウスに新たな価値を与えている。例えば、室内の温湿度やCO2濃度により自動でエアコンや換気扇を制御して快適な居住環境、省エネ化を実現するといったものだ。
ただ、進化を続けるものの、どこまでスマートホームが一般化しているかというと疑問符が付くのも事実だ。スマートホームサービス「スペースコア」を展開するアクセルラボが2020年に行った調査によると、国内のスマートホームの認知度は56%と過半数に達してはいるが、実際にスマートホームを導入している人は1・8%に過ぎない。
その原因として、住宅事業者が自ら設置し管理していくことが難しいことから提案しづらい、また、技術的なことばかりが強調され暮らしがどう変わるかなどを上手くユーザーに伝えられていないといった理由が指摘されている。著しい技術的な進化のなかで、”できること”は増えたものの、日本人の暮らしを変えるまでには至っていないということだろう。
こうした状況に大きなインパクトを与える動きが進みつつある。デジタル田園都市国家構想だ。
スマートホームが次のステージへ
デジタル田園都市で本格化するデータ連携
2022月12月に「デジタル田園都市国家構想戦略」がまとまる。この戦略がスマートホームを次のステージに進める、大きな起爆剤になる可能性は高い。
同戦略における取り組みの一つが「構想を支えるハード・ソフトのデジタル基盤整備」であり、「国・地方間、地方・準公共・企業間などのサービス利活用を促進するため、データ連携基盤の構築、産業活動に関わるソフトインフラの構築を進める」としている。
これまでスマートホームは暮らしのオートメーション化を大きな軸に取り組みが進んできたといっていい。あえて言うならば、住まいのなかで「閉じていた」といえる。IoT技術の広がりにより、複数の企業のさまざまな機器が一つのネットワークにつながるようになった。ここから取得できるビックデータを活用した新たなビジネスも広がっている。
ただ、その輪が大きくなったことは間違いないが、スマートホームは、未だ一企業のサービスの枠にとどまっていると言っていい。
デジタル田園都市国家構想は、サイバー空間に散在するデータを共通の財産として捉え、連携させることで新たなサービスを生み出そうとしている。今、さまざまな分野で、このデータ連携基盤の構築が急ピッチで進められている。暮らしの分野における取り組みの一つが「新サービス創造データ連携基盤検討会」の展開だ。
JEITAとエコーネットコンソがデータ連携基盤で検討会
2022年8月、(一社)電子情報技術産業協会(JEITA)のスマートホーム部会とエコーネットコンソーシアムが「新サービス創造データ連携基盤検討会」を設置した。住宅のIoT化を通じて、暮らしに関する膨大なデータを得られるようになるなか、この「イエナカデータ」の利活用を広げ、社会実装に向けた検討を進めるものだ。
JEITAは、IoT社会に入り、データ連携で新しい価値を提供していくためには従来の電気・電子のデバイスを提供するメーカーだけでは対応できないと大きく舵を切り、2017年秋に業界・業種の枠を超えた「スマートホーム部会」を設置、活動を開始した。北陸先端科学技術大学院大学の副学長の丹康雄教授を部会長に、家電・AV機器、IT・通信関連、車載関連などに加えて、LIXIL、TOTO、YKK AP、セコムなど住宅設備やサービス関連事業者、また、(一社)住宅生産団体連合会、(一社)日本建材・住宅設備産業協会、コネクテッドホームアライアンス、医療分野のパーソナル・コネクテッド・ヘルス・アライアンスなど関連の団体も参画した。
スマートホーム部会が目指す「スマートホーム」の姿は、住宅内外の生活のデータをサービスという価値に変え、住まいに戻すというサイクルだ。そのなかで、見守り・セキュリティ、医療、食料・資源などの社会システムサービスを構築し、社会問題を解決する手段とする。つまり一戸の住宅のIoT化は前提で、そこから得られるデータをもとに新たなサービスを生み、それを住宅に戻すというデータ活用の全体像を描いているわけである。
その実現に向けて、スマートホーム部会ではデータの連携、プライバシーやセキュリティの問題、標準化等について議論、検討してきた。こうしたなかでデジタル田園都市国家構想が立ち上がり、スマートホームが取り上げられた。「プラットフォーム構築の取り組みを加速していかなければならない。つながることによって生活がどう変わるか、つながるために何が必要かを考えなければならない。同じ目的を持つエコーネットコンソーシアムと連携し、データ連携基盤をつくり込んでいきたい」(スマートホーム部会・高橋和久スマートホーム運営委員長)と合同検討会を立ち上げた。
一方、エコーネットコンソーシアムは、通信プロトコル「ECHONET Lite(エコーネットライト)」を実装した機器をベースとしたサービスの普及に取り組んできた。2013~2021年度までの同規格を搭載する機器の累計出荷台数は1億2630万8965台に達し、特にスマートメーターはほぼ全世帯、エアコンがこれに準ずる台数となっている。ただ、これらの機器の使われ方をみると、それぞれのメーカーのクラウドにつながっているだけで、そこから先に流通していない。ここに大きな課題観を持っていた。
一方で、コンソーシアムは、2022年2月に「ECHONET2・0の戦略指針」を掲げた。これまでの1・0は住まいの中にとどまる規格であったが、これを家電や住設以外の健康機器や業務用機器の分野に拡張すること、さらにIoT住宅・店舗・オフィスの普及に対応するためクラウド上のサービス連携を拡大して新たな価値創造につなげることが2・0だ。このサービス連携を実現するために活用するのが、2018年に策定した「ECHONET Lite Web API」(エコーネットライト対応機器などを対象とし、クラウド経由で操作・見える化できるAPI)であり、住宅の中だけではできなかったことをクラウド上で実現しようとしている。「これまでエコーネットコンソーシアムだけで取り組んできたが、サービス事業者などの要求も踏まえてブラッシュアップしていかなければならない」(エコーネットコンソーシアム 長沢雅人普及委員長)と、JEITAのスマートホーム部会と連携しての大きな枠組み作りに取り組んだ。
イエナカデータを新サービス創出につなげる
新サービス創造データ連携基盤検討会が目指すのは、住宅の中のさまざまな機器から上がるさまざまな情報がつながるクラウドや、その他のプラットフォーマーやサービスなどが存在するサイバー空間において、住宅の中のデータをひとまとめにするようなプラットフォーム「イエナカデータ連携基盤」を作り、「都市OS」と呼ぶシステム間の連携規格を介して、現在検討が進むデジタル田園都市のプラットフォームや公共サービスにおいてデータを活用できるようにする、という姿だ(図)。
現在、住宅ごとで完結するさまざまなスマートホームが存在する。その代表的なものの一つがエコーネットライト規格によりHEMS(コントローラー)を介して複数機器がつながるものであるが、複数メーカーの機器がつながってはいるものの、最終的には一社(図中A社)のクラウドに情報が上がる。この情報をエコーネットライトWeb APIを介して「イエナカデータ連携基盤」につなぐ。一方で、すでに市場には、機器からダイレクトにクラウドに情報が上がる「IoT」型と呼ばれる多数のサービスが存在しており、これもエコーネットライトWeb APIを介して「イエナカデータ連携基盤」につなぐことができるようにする(図中C社)。さらにエコーネットライトWeb APIに対応していない事業者も「イエナカデータ連携基盤」にしっかりとつながることを想定している(図中B、D社)。そして「イエナカデータ連携基盤」は、都市OSも含めてデジタル田園都市の構想のなかで各種のサービスとつながることになる。
一言で言えば、検討会が描く姿は、エコーネットライト規格を備えていない機器を使ったサービスも含め、住宅からの膨大なデータを集約し、そのデータを活用したサービスを生み出す形をデジタル田園都市国家構想のなかで組み立てることと言っていいだろう。
この構想を実現するため、検討会では①スマートホームがさまざまなサービスにつながりデータが流通していくためのルール作り、②さまざまなメーカーやサービス事業者が参入できるマルチベンダーやマルチサービスの実現、③公共サービスと連携するためデジタル田園都市のプラットフォームと連携できる仕組みづくり、④実証とコストの確認、の検討を進めている。
22年度末には、エコーネットライトWeb APIとイエナカデータ連携基盤のつなぎ方について仕様書をまとめ、23年度はイエナカデータ連携基盤と都市OS、その他の標準規格との連携について検討する。デジタル田園都市国家構想のなかでは、さまざまな分野で同様のデータ連携基盤の策定が進んでおりイエナカデータ連携基盤はそれぞれとの連携も求められるが、23年度末までにはそれらを仕様書にまとめたい考えだ。
ビックデータを囲い込むか
共有財産として捉えるか
今、市場で展開されるスマートホームのプラットフォームやサービスと、これから構築するイエナカ連携基盤は、その構造や技術的な手法はほとんど変わらない。その違いについて、検討会の主査である白石奈緒樹氏は「現在展開されているサービスは、中心となる企業とそこに協力する企業のクラウド間でデータをやり取りし、結果としてスマートホームを実現している。いわばサービスが閉じており、あくまでその企業単体のサービス」と説明する。つまり、ある自治体がこのサービスを使いたいと考えた時、中心となる企業との連携でつなぐことは可能であるが、そこで提供されるサービス以外は使えないということだ。
現在、スマートホームの取り組みが活発化しているが、この視点からみると”閉じたスマートホーム”が市場にどんどん増えているとみることもできる。
米国のConnectivity Standards Allianceは、2021年5月に新たなスマートホームの共通規格「Matter(マター)」を発表した。これは異なるメーカーやプラットフォームのデバイス間の相互接続性を保証するもので、グーグル、アップル、アマゾンなどが参加するワーキンググループがまとめた。つまり、マターに対応した機器であれば、グーグル・アシスタント、アマゾン・アレクサでも動かせるということだ。CSAはマターのオープンソースのリファレンスを提供し、対応製品の開発を促すという。巨大プラットフォーマーが相互乗り入れできるようになるインパクトは大きい。ただ、ユーザーにとっては対応製品の幅が広がるなどのメリットがある反面、データを活用するという視点からみると、結局、アマゾンやグーグルの強い囲い込みは変わらないのではないかという見方もある。
データを囲い込むことによるビジネス上のメリットは大きい。一方で、膨大なデータを共有財産と捉えることにより、これまでにないビジネスチャンスの可能性は広がる。今後、イエナカデータの活用の広がりは、その線引き、またコンセンサスづくりが大きなポイントとなりそうだ。
新サービス創造データ連携基盤検討会では、健康や安全、エネルギー関連など公共的なサービスなどを想定し、まず、イエナカデータを利用できるようにすることを優先し、個別に存在するプラットフォームをイエナカプラットフォームとしてまとめようと検討を進めるが、当然、参加企業のビジネス面を強く意識した議論を進めているという。加えて、「公共的なサービスであっても、その上に企業独自の特徴的なサービスを実現できる」(白石主査)という可能性もある。それだけにマルチベンダー・マルチサービスの実現、また、適切な競争ができる環境づくりが重要となろう。
デジタル田園都市国家構想において、それぞれの業界のデータ連携基盤が確立すれば、より幅広い分野のデータ活用が可能になる。イエナカデータも含めたこれらのデータにより新たなサービスを創出し、それをスマートホームへと戻す―こうした新たな動きが進みそうだ。
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