2022.11.25

京都大学/住友林業 宇宙での木材利用の可能性を検証

文科省の委託費に採択

京都大学と住友林業の「宇宙木材産業の創出をめざした宇宙材料としての木材利用の探究」が、文部科学省の「宇宙航空科学技術推進委託費」に採択された。宇宙での木材利用の可能性を検証し、人類の持続的な発展と脱炭素に寄与する方針だ。

開発中の木造人工衛星LignoSat

京都大学と住友林業は、「宇宙木材産業の創出をめざした宇宙材料としての木材利用の探究」を文部科学省の調査研究委託事業である「令和4年度宇宙航空科学技術推進委託費 宇宙航空脱炭素等技術創出プログラム」に申請し、9月に採択された。同事業としての研究期間は2022年10月~2025年3月までで、期間内における総事業費は4000万円が見込まれている。

「宇宙航空科学技術推進委託費」とは、宇宙航空開発利用の新たな可能性を開拓する取り組みを推進するため、国が予算を支給する資金制度で、2009年度に創設された。

今回採択された「宇宙木材産業の創出をめざした宇宙材料としての木材利用の探究」は、京都大学と住友林業が2020年5月から共同研究を進める「宇宙木材プロジェクト(LignoStella Prohect)」に端を発する。

同プロジェクトは「宇宙における樹木育成・木材利用に関する基礎的研究」に両者が共同で取り組む研究契約を締結したことでスタートしたもので、宇宙での木材利用の可能性を検証することで、人類の持続的な発展と脱炭素への貢献を目指している。

京都大学と住友林業が共同研究に至った背景には、両者の理念の一致がある。

住友林業は国内でもトップクラスの木材関連企業であり、木の総合研究所である筑波研究所を持つなど、木を使用した科学技術や木材利用の新しい構想などについて研究を行っているほか、国内外で植林事業にも注力している。木材研究と樹木育成に関しては充分なノウハウを持ち、宇宙利用など過酷な環境下での木材利用に関心が高かった。京都大学はこうした木材研究、樹木育成に関する住友林業のノウハウが宇宙でも生かせるのではないかと考え、共同研究が始まった。

木材を宇宙で利用する意義は大きい。将来的に人類の生活拠点が宇宙にまで広がった際には社会インフラの整備が必要になるが、それを地球から輸送するのはコスト面などの問題から現実的ではない。そのため、現地調達できる資材として木材に着目した。京都大学大学院総合生存学館の土井隆雄特定教授は「木は再生可能資源のため、宇宙で利用できれば資源調達の解決手段になる」と話す。

また、「宇宙での生活には恒久的なシステムの確立が必要になる。そのために木は重要な要素になると考えており、地球のような人と森が共生する居住環境をできる限り宇宙に再現したい。地球文明が宇宙に広がっていくような『宇宙文明』の実現を目指していく」(土井教授)とも話す。

木造人工衛星の打ち上げへ
木材物性・育成の課題解決手段を模索

宇宙木材プロジェクト」では、2023年に世界初の木造人工衛星(LignoSat)を打ち上げることを大きな目標として掲げる。

木造人工衛星の特徴は、そのコンパクトさだ。木材は電磁波や地磁気を透過する性質を持つため、従来外部に取り付けていたアンテナや姿勢制御装置を衛星内部に設置でき、衛星自体のサイズを縮小できる可能性がある。

また、アルミニウムの金属衛星は運用終了後、大気圏に突入すると燃焼による酸化でアルミナ粒子という大気汚染物質を放出するが、木造衛星は大気圏で燃え尽きるため、地球大気への負担も少ない。

さらに、金属衛星と比較して容易に製造ができ、脱炭素に貢献することもポイントだ。金属衛星は製造時に特別な工作機械を用い、その過程で二酸化炭素を排出していたが、木造衛星はノコギリと鉋があれば構造体を作ることができるといい、製造過程での二酸化炭素を大幅に削減できる。

なお、木造人工衛星(LignoSat)の構造体には今後、住友林業の社有林から切り出した木材を使用することも計画しているという。

「昨今はあらゆる業界で脱炭素の風潮が加速しているが、木造人工衛星は宇宙開発分野におけるカーボンニュートラルの第一歩になると考えている。また、木材を使用したことで宇宙を身近に感じられるきっかけにもなる」(土井教授)。

一方、宇宙での木材利用にあたって、宇宙環境下での木材物性の調査や樹木の育成研究なども行っているが、課題も多く残されているという。

木材物性の課題は含水率。宇宙は湿度が0%のため、寸法変化で木材が壊れる可能性があるためだ。また、木材は異方性材料のため、繊維方向以外への力に弱く、使う向きも重要になる。

ただ、それ以外の物性に関しては現在のところ問題はなく、むしろメリットが大きい。木材は鉄製材料と比べて重量が軽いほか、熱伝導も小さいためマイナス100度から摂氏100度程度まで耐えることができ、断熱効果にも期待ができる。さらに、これまでの研究により、4、5年程度の真空状態では物性が変わらないことも立証済みであり、雨や虫の心配もないことから、地球上よりも長持ちする可能性すら秘めているという。

一方、育成面では地球上との環境の違いが大きく起因する。例えば、火星の大気圧は0.01気圧しかなく、その大気のほとんどは二酸化炭素で構成されている。また、月に至っては大気圧がほとんど存在していない。このような環境下で本当に植物が育つのかが研究テーマだが、現在のところ、火星の大気圧の約10倍の0.1気圧程度までは成長することを確認している。当面の目標は火星の大気で樹木の育成を行うことだという。

さらに、今回の研究を通して、過酷な条件下で木材を利用する技術も開発し、地球上での木材利用の可能性も広げたい考えだ。宇宙空間でも利用可能な木材技術が開発できれば、それを応用した耐久木材の生産や加工技術の向上につながる。

地球から宇宙へ、そして再び地球へと技術のフィードバックを図ることで、新しい木材利用の可能性を見出していきたいとしている。