2019.7.1

フジタ、風が気にならないパネルエアコン

「放射」を使う逆転の発想が睡眠負債を解消

大和ハウスグループで、中堅ゼネコンのフジタは、静かで風が気にならない寝室用パネルエアコン「眠リッチ」を住宅設備機器メーカーの長府製作所と共同で開発、販売を始めた。送風を使う一般的なエアコンとは異なり、赤外線を利用した放射冷暖房システムを採用しているのが特徴。睡眠時に最適な室内環境を提供し、ストレスの低減につなげる。今後、全国のマンションや戸建住宅などへ導入を目指す。

寝室の天井に張られた布のような白い幕から、冷たい空気がひんやり──。風は感じない。エアコンのような風の吹き出しからの音もない。冷気が周囲からの熱を吸い上げ、快適な室温を作り上げている。同社が東京都渋谷区に設けたショールームで、「眠リッチ」を体感した記者の感想だ。

寝室用パネルエアコン「眠リッチ」は静かで風が気にならず快眠を助ける(イメージ)

同社が開発した「眠リッチ」の説明をする前に熱の伝達の仕組みをおさらいしよう。熱は温度の高いほうから低いほうへ移動する。そして、その熱の伝達には①伝導②対流③放射──の3つがある。一般的なエアコンは②だが、今回フジタが着目したのは③の放射だ。そして、人間は暑さ寒さを「赤外線」と「空気の温度」で感じている。エアコンは、冷たい空気や熱い空気を、風の力を使って部屋全体に攪拌して、空気の温度を下げたり、上げたりする。「眠リッチ」は赤外線を使って床や壁、ベッドなどに熱を分配し、体感温度を調整するのだ。

厚さ14×幅1600×奥行1450mmのパネルや室内機を含む放射冷暖房システム本体や専用室外機、リモコンの3点を中心に構成する「眠リッチ」の仕組みはこうだ。室外機から、空気を吸い込み、加熱・冷却するという基本的な流れは従来のエアコンと変わらない。異なるのは室内機で、一般のエアコンより、強めに冷えた(温めた)空気をつくり、この空気を静かにゆっくりと放出する「ハイレンジ・薄型ヒートポンプエンジン」を搭載していることだ。放出された空気は、断熱材と放射面上のパネルのわずかな空間をちょろちょろ流れ、風の流れをほとんど感じさせない。冷房ならば、パネルに冷気がふんだんにつまっているというイメージだ。

そして、この冷えた(暖かい)空気の熱エネルギーを、同社が独自開発した特殊繊維で編んだ布「サーモテックファイバー」を使ったパネルを通して、効率よく赤外線に変換しながら放射し、室内の物体を直接加熱・冷却。赤外線を使用することでベッド上全体をムラなく冷暖房できるため、表面温度を均一化し、より快適な寝室空間を実現した。

この特殊繊維で編んだ布には、もう1つ大きな役割がある。放射冷暖房システムで金属パネルを使うと、パネル表面に結露が発生する。このため、同時に除湿機も利用することも少なくないという。「眠リッチ」は、強めに冷やすため空気は乾燥しており、さらに特殊繊維で編んだ布をパネルとして使うことで下側も乾燥状態になるため、結露が発生しない。「高温多湿な日本の夏でも利用可能」(同社)。

こうした技術によって商品化された「眠リッチ」の特長は、風による不具合を改善できることだ。風が直接当たらないため、足や手先の血流量が極端に下がらず体の冷え過ぎを防いだり、乾燥を防止したりする。また、一般的なエアコンに比べ温度変化が少ないため、室温が安定し、熟睡しやすくなることも。就寝中の運転音の騒音レベルは、環境省が定めた睡眠時推奨基準35dBAを下回る30dBAを実現。風がないので、部屋のほこりなどが舞い上がらないという利点もある。パネル表面温度は5度〜45度。リモコンでは、冷房だと16度〜30 度、暖房では16度から26度の温度設定ができる。

赤外線を使うため表面温度が均一となり快適な寝室空間を作り出す
「眠リッチ」の仕組みイメージ

発想の転換から生まれた商品
マンション、住宅への広がりに期待

なぜ、フジタは寝室用にこだわった商品を開発したのか──。それは睡眠時にエアコンなどから出される「風」への不快感に着目したためだ。

厚生労働省の「国民健康・栄養調査報告(2017年)」によると国民の5人に1人が睡眠で十分な休養が取れていないと回答。また、同社調査でも「気流(風)や音が気になる、ストレスを感じる」という理由で、睡眠中にエアコンを使いたくない人も多いという。こうした「寝室で風や音、ストレスを感じたくない」というニーズが高まっている。

ここでも睡眠についておさらいをしてみたい。人が眠る際、眠りの浅い「レム睡眠」と眠りの深い「ノンレム睡眠」を交互に繰り返されていることは知られている。「レム睡眠」では、寝返りをうつなど体を動かし、反対に「ノンレム睡眠」では、寝返りなどうたない。これを交互に繰り返しながら目覚めることで、快眠が得られるというわけだ。

ところが、この快眠を阻むのが昨今の異常気象だ。特に夏場での熱帯夜の日数は昔と比べものにならないほど多く、都心では日が沈んでいる夜の睡眠中にも熱中症になることも珍しくない。このため睡眠中でもクーラーをつけることが多いわけだが、そのクーラーから出る「風」が問題なのだ。風が冷たすぎると、体の向きを変えたりしながら本能的に体温調整する。こうした理由による寝返りが「ノンレム睡眠」時に引き起こされることで、快眠が阻害されるというわけだ。また、タイマーでクーラーの運転を止めてしまうのも、今度は「寝苦しい」ということで「ノンレム」時に不快感を与えることになる。

「風」にこだわった同社の理由は、まさに、ここにある。寝ている間は、「風」のコントロールはできない。風を使って冷暖するという従来のエアコンの発想で「風」の問題を考えていたら、この商品は誕生しなかったであろう。放射は対流と同じ熱の伝え方の1つ。発想の転換である。

売り先でもこだわりを見せる。同社は「眠リッチ」を家電量販に頼らず販売する方針だ。「価格だけの競争になってしまう」(同社)ためだ。マンションや住宅、ホテルなどへの展開で3年後には年間3000台の販売目標を掲げる。


開発者の思い 
睡眠もグローバル化、成長の伸びしろあり

フジタ 次世代空調事業部 商品開発部 小野幹治次長

放射冷暖房システムは7、8年前から手掛けてきました。放射冷暖房は立ち上がりが悪いので、オンオフを頻繁にする場所には向かず、24時間空調の場所しかないという発想で検討を重ね、病院でのシステム導入に行きつきました。その後、住宅で検討を始めたのですが、結露の問題は難儀しました。住宅で除湿機を回しながら、放射冷暖房を使うことはできません。1、2年かけようやく、パネルに布を使うというところへたどり着きました。

そして、放射冷房システムのウリである「風」を最も嫌う場所はどこか。答えは寝室でした。天井はまっさらで、設計者の迷惑にもなりません。あまっているスペースで、人の睡眠環境を改善しようと考えました。

人生の3分の1は睡眠で、この睡眠は体を修復する上で大切な時間です。しかし、日本人は睡眠に投資しなさすぎです。これからグローバル化が進む中、睡眠もグローバルな考え方になるのではないでしょうか。まだまだ睡眠市場は伸びしろがあると思います。