日頃から書きなぐっていた取材ノートや備忘メモに埋もれていた諸々を拾い、不定期で自由気ままに綴ってみようと思います。落ちこぼれた種から何か芽が出てくるかな——。

古川興一ブログ「落ち穂ひろい」
落ち穂ひろい |  2019.10.1

夏の終わりの利賀の旅、垣間見たシアター・オリンピックス

この夏、宿願の富山・南砺市の利賀村への旅を実現した。舞台芸術の国際的祭典、「第9回シアター・オリンピックス」を観るためだ。今回は初めて日本、ロシアの共同開催と言うことで注目されていたが、個人的には、今回の芸術監督で劇団SCOTを主宰する鈴木忠志氏と高校時代の同期生であることに加えて、実行委員長のYKKの吉田忠祐氏と取材を通じての長いお付き合いという縁が重なったことが利賀村行きを決意させた。鈴木とは同期とはいうが、格別の交友関係はなく、ただ演劇への興味もあり、彼が早稲田小劇場を興し、白石加代子らを育て、異色の舞台芸術家として名を馳せる中で、同期としての近しい感情をちょっぴり抱いていたに過ぎない。特に40年ほど前、活動の本拠地を東京から富山の利賀村に移したことの衝撃は今も覚えている。傍目には、数年もすれば戻ってくるのでは、との見方が多かったが、とんでもない。40年間、利賀村に根を張り、今や利賀は、世界の演劇人の聖地とも呼ばれるほど。人口は約500人、まさしく過疎の村だ。それだけに前々から、鈴木を魅了したこの利賀村を一度目にしたかった。と同時に、鈴木に頼まれ、今回の実行委員長を引き受けた吉田さんの開幕にいたる労苦の証も現地で目にしておきたかったのだ。

利賀村は本当に遠かった。シアター・オリンピックスのために特別運行した富山駅からの連絡バスで、ほぼ2時間。北陸新幹線で東京から富山に来るのとそんなに変わらない時間距離だ。いくつかの山を越え、あえぎながらのバスが到着した地はまさに山峡の中にぽっかり浮かんだ異空間。合掌造りの劇場や稽古場、宿舎などが点在する。平家の落人ではあるまいに、よくこの場所を見つけたものだと思いたくもなる。

だが、さすがは世界からの30作品が上演される舞台芸術のオリンピックだ。富山駅からのバスも満席だったし、現地での人の多さにも驚く。8月23日から1ヶ月の長丁場、1日に3〜4本のプログラムが組まれている。一本だけは少なく、数本のプログラムを梯子する人がほとんど。近くの民宿などに泊まり、数日間に及ぶ演劇漬けに浸るマニアも少なくない。それどころか、テントも点在する。更なる長期の鑑賞族のためだろう。演劇人のメッカの様相を醸し出している。わが方のように一日だけというほうがむしろ少ないのかもしれない。世界ハイレベルの演劇を一挙に見られるチャンスなどそうはないのだから、ファンにしてみれば一日だけなんてこんなもったいないことはないといったところだろう。周囲にコンビニや飲食店があるわけではない。来場者の飲食のために設けられたのが、地元はもちろん世界各国の料理の出店が並ぶ巨大なグルメ館。これが結構レベルが高く、美味い。来場者の口を飽きさせずにこれだけの出店をそろえたことに感心する。

お祭りの縁日気分で出店を物色しているところに偶然、吉田さんに遭遇。実行委員長とはいえ、経営者として超多忙の身、そうは頻繁に会場には来られないはず。まずお会いすることはないだろうと思っていたし、連絡もしてはいなかった。ところが聞けば、会期中にもしもの事故や不祥事が起こったりはしないか、病人が出てドクターヘリを呼ぶような事態が起こらないか、VIPや評論家ら演劇関係者への対応など、点検、確認を含めてやることは山積みしているのだとか。それに今回は黒部の前澤ガーデンも会場になっている。実行委員長として休む暇がないのだという。その証拠と言うか、会期中の住まいとして鈴木氏からリフォームした古民家を借り受け、宿泊兼活動の前線基地に。また、会場内の施設群を行き来するのに徒歩ではとても無理と言うことで、わざわざ軽自動車も購入する徹底ぶり。プログラムの間の空いた時間に仮住まいの家を見せてもらう。吉田さんのゲストも泊まってもらっているというが、太い現わしの梁など、古民家のよさをいかしての明るい空間が印象的だ。そして唸ったのが、現地での家事や客人の応対などこまごました用事に奥さまを巻き込んでしまっていることだ。まるでボランティアか、SCOTのメンバーかと思うほどのかいがいしさ。実行委員長は、夫唱婦随の働きなのだ。よくイベントの実行委員長と言うと、名だけ番長のような存在が多いが、吉田さんは違った。寄付金集めから、宿泊、会場設営など自らが先頭に立った。1カ月の期間中、この山峡の地への来場者は約2万人に及ぶ盛況ぶりだったという。

「菊づくり、人みるときは、陰の人」の句があるが、シアターオリンピックの成功はまさに吉田さんらの力があったればこそだろう。鈴木忠志は幸せ者だ。

わずか一日だけ3プログラムだけの鑑賞だったが、十分に楽しむことが出来た。三島由紀夫の「精神のやくざ」と言う言葉に触発され、挑戦し、鈴木の人気舞台となった「サド公爵夫人」は重厚な演出に加え、これぞ鈴木メソッドと思わせるに十分の見ごたえのあるものだった。メキシコの「アマリロ」は、現時代の難民問題をあぶりだし、中国の「蘭陵王」は仮面の裏の人間性を描く京劇をも髣髴させる熱のこもった舞台だった。連れ合いとも、これは病み付きになる。長逗留しての演劇漬けになるのも分かる、と呟く。

「約500人の過疎の村からでも舞台芸術を通じて世界に発信し、人類の未来に貢献できる」と、40年を越す歳月を利賀村に身をおき、日本の文化、伝統を見落とさず、多様性を意識しながら世界中に社会、経済、政治等のありようを訴え、問いかけ続ける鈴木のぶれない信念には感服のほかは無い。地方創生のモデルの声も聞くが、鈴木という奇才があればこその利賀のようにも思う。モデルにするにはあまりにハードルが高い。シアター・オリンピックスの開幕にこぎつけるまで、鈴木は早稲田小劇場以来の長年の同士二人を亡くしている。寂しさは隠せないだろう。80歳に到達した今、どこまで“精神のやくざ”を身にまとい、病む世界に吼え、挑み続けられるのか。同期の一人として、ファンの一人として、見守り、応援していきたい。10月に同期の仲間、100人ほどが集まる。チュウさんは難しいだろうな。