データ駆動社会の住宅ビジネス 無形資産を生み出す家の正体
積水ハウスのプラットフォームハウス
積水ハウスが推進するプラットフォームハウスに注目が集まっている。
同社は、プラットフォームハウスを「人生100年時代の幸せをアシストする家」と説明する。
また、「新しいライフスタイルの基盤となる『健康』、『つながり』、『学び』という無形資産を生み出し続ける家」であるとも言及する。
果たして、同社が描く「プラットフォームハウス」の実像とはどういうものなのだろうか。
無形資産を生み出す家の正体に迫る。
ようやく訪れた「モノ」から「コト」への転換期
積水ハウスが推進するプラットフォームハウスとは、住宅産業界にようやく訪れた「モノ」から「コト」へと事業転換するための序章と捉えることができるのではないか―。
あらためて言うまでもなく、住宅の新築着工戸数は中長期的には減少の一途をたどっていく。少子・高齢化、世帯数の減少、空き家の増加といった社会背景を考えると、大きな社会変革がない限り、かつてのような100万戸を超えるような新築着工数は期待できないだろう。
その一方で人が居住するわが国の住宅ストック数は5000万戸を超える。このストックをリソースとして、何らかのビジネスが展開できれば…。多くの住宅産業に従事する人々はそう夢見るのではないか。
日本でもHaaS(Housing as a Service)という言葉を耳にする機会が増えてきたが、1度きりしかない住宅販売時に収益を得るだけでなく、住生活に関するサービスから継続的な収益を得ることができれば、住まいに関するビジネスモデルは根底から変革していくだろう。
つまり、「モノ」ではなく、「コト」へと収益の源泉を移行していくというわけだ。まさに、かつて住宅産業界が夢想した「住宅産業から住生活産業への脱皮」を具現化していくことになる。
そして、今、「モノ」から「コト」へと軸足を移しやすい環境が整いつつある。まさに積水ハウスのプラットフォームハウスが、その可能性を示そうとしているのだ。
健康、つながり、学びをテーマに無形資産を生み出す
積水ハウスでは、「わが家を世界一幸せな場所にする」というビジョンを掲げ、人生100年時代の幸せを追求しようとしている。そのビジョンを具現化する上で重要な役割を担うのがプラットフォームハウス構想。
プラットフォームハウス推進部長である吉田裕明常務執行役員は、「一般的にはお客様との接点はお引渡し時がピークであり、その後はリフォームや点検時に接点があるとされています。お引渡しがお客様の最高の幸せだとしたら、その幸せをもっと持続させ、延ばしていくことができないか―。そのような発想から『空間を無形資産の価値として積み上げていく』という考えに至りました」と話す。
同社では、「幸せ」という漠然とした価値観を因数分解し、「健康」、「つながり」、「学び」というより具体的なテーマへと落とし込んでいった。その上で、住宅などの有形資産ではなく、この3つのテーマに関連する無形資産を提供していくという発想に辿り着く。
例えるならば、スマートフォンというハードの性能を向上する一方で、アプリを通じて様々なサービスなどを提供することで、継続的に「幸せ」を提供していこうというわけだ。
プラットフォームハウスの第一歩「PLATFORM HOUSE touch」

プラットフォームハウス構想を具現化するための第一弾として2021年に市場投入したのが、「PLATFORM HOUSE touch」だ。
住宅内に温湿度などを測定するための機器やエッジコンピューティングを活用した独自のシステムを導入し、専用のアプリをダウンロードすることで、エアコンや照明、窓シャッター、給湯器などの遠隔操作が行えるというものだ。例えば、外出先から室温を確認し、帰宅前にエアコンを稼働させたり、お湯はりなどの作業を遠隔で行える。
また、窓などの開閉状況などを検知し、異常があればいち早く知らせるセキュリティ機能なども備えている。
いゆわる、一般的なスマートホームに実装されている機能を活用できるようになるわけだが、「可能な限り不必要な機能を削除した点と、住宅の図面をUI(ユーザーインターフェイス)にしている点が大きな特徴」(吉田氏)だという。
とくに図面を活用したUIは、新築時の建物に関する情報を保有しているハウスメーカーならではの工夫である。間取り図上に遠隔操作が行える設備機器やドアの開錠・施錠の状態が表示されるため、より感覚的に利用できる。
この「PLATFORM HOUSE touch」の利用料は、税込みで月額2200円。専用の機器などを設置するための初期費用も50万円ほど必要になる。
検討段階では初期費用だけで、月額料金は無料にしようという意見もあったそうだが、「価値あるサービスを提供するための正当な対価をいただく」という強い信念を表明するためにも、有料化に踏み切った。
この点は、スマートホームに関する重要な論点である。
スマートホーム化するためには、当然ながらコストがかかる。そのコストをユーザーに負担してもらうためには、その価値を認めてもらい対価を支払ってもらえるようなサービスを提供する必要がある。しかし、サービスを開発するためには、まずは住生活に関するデータを取得する環境を整備する必要がある。そのコストは誰が支払うのか‥‥。
このジレンマによって、なかなかはじめの一歩が踏み出せないというのが、多くの住宅事業者の悩みではないだろうか。結果として、例えばスマートスピーカーなどを使い、居住者主導でスマート化を図っていくという現在の状況へ落とし込まれていき、住宅事業者が主導権を握りながらスマートホーム化を行うことができないという課題が浮上しているのだ。


積水ハウスは、こうした状況に「PLATFORM HOUSE touch」で一石を投じてみせた。2025年7月31日時点で5684件が「PLATFORM HOUSE touch」を利用しており、既存住宅での利用も可能になった。
そして、「PLATFORM HOUSE touch」の利用者が増えることで、貴重な住生活に関するビッグデータが集約されていくことになる。このビッグデータこそが、人生100年時代の幸せを実現するためのサービスを提供するためのリソースになっていく。
もし、住宅事業者ではなく、別のプレイヤーが主体的にこのビッグデータを入手する仕組みを構築すれば、そのプレイヤーがあらたな住宅ビジネスを具現化していく主役になるだろう。換言すると、住宅業界が「モノ」から「コト」へと収益の源泉を移行していきたいのであれば、住生活ビッグデータを蓄積していくための仕組みを構築するための第一歩を踏み出す必要があるのではないか。
データを分析し生活モーメントを明らかにする
「お客様からお預かりしたデータを解析し、幸せへとつなげていくための価値あるサービスを提供していく。それが我々の使命です」と吉田氏は語る。
積水ハウスでは、照明のオン・オフや玄関ドアの施錠の状況といった生活に関するデータから、「生活モーメント」という居住者のライフスタイルなどを読み解くための研究を進めている。
そのためのパートナーとして選んだのが、暮らしに関する定点調査やマーケティングなどに強みを持つ博報堂。両社では、「PLATFORM HOUSE touch」の利用者のデータを解析することで、それぞれの家族のライフスタイルを推測し、それを基にしながらパーソナライズ化したサービスを提供しようとしている。
例えば、リビングとそれ以外の部屋の照明のオン・オフの状況を解析していくと、夕飯時に家族全員がリビングに集まり食事をしているのか、もしくはバラバラに食事をとっているのかが推測できるようになる。その情報を活かして、食に関するサービスを提案するといったことが可能になるかもしれない。
居住者の防犯意識と行動を価格に反映するセキュリティサービス
既に商品化された「生活モーメント」から生まれたサービスもある。
ALSOK、博報堂と協同で開発した「PLATFORM HOUSE touch」の利用者向けのセキュリティサービスで、2024年12月から発売を開始した。不審者侵入など異常事態が起こった場合、PLATFORM HOUSE touchの設備(窓鍵センサー、玄関ドア錠、火災報知器)が異常を検知し、ALSOKに自動通報し、ガードマンが駆けつける。専用設備や初期費用なしでサービスを開始でき、ガードマンによる警備状態を住まいから離れた場所からでも確認できるという特徴を備えている。
他のセキュリティと一線を画す点が、居住者の日常的な防犯意識や行動によって利用料金が変わる点だ。例えば、玄関錠の施錠に関するデータなどを分析し、居住者の防犯行動を3段階で評価し、アドバイスなどを行う。また、3段階の評価に応じて、セキュリティサービスの利用料金が変わるようになっている。ノーマルプランが税込み6160円で、データ分析による防犯習慣が高まるほど、グッドプラン同5610円、エクセレントプラン同5060円とリーズナブルになっていく仕組みだ。
評価は3カ月に1度のペースで見直されるので、居住者にとっては、日常的な防犯行動を徹底するほど、サービス料金が安くなる。結果として、防犯意識を高めるモチベーションにつながり、より安全・安心な住環境の創造に貢献することが期待できる。
積水ハウスでは、「当社だけで全てを完結しようとしても限界があります。お客様からお預かりしたデータから幸せにつながる無形資産を生み出していくためにも、様々なプレイヤーの方々と連携していく必要があります」(吉田氏)と考えており、多様な業種とのコラボレーションを進めている。
住まいに予防医学の役割を付加する
積水ハウスが具現化しようとしている無形資産の中でも、旗艦サービスになる可能性を持っているものが、「HED―Net(Health Early Detection Network:在宅緊急時早期対応ネットワーク)」。
非接触型センサー技術を活用し、住宅内で心拍数や呼吸数などのバイタルデータを自動で取得できる環境を構築し、突然発生する身体の異常を検知すると、自動的に緊急通報センターなどへ通知するというものだ。
居住者の異常を検知すると、オペレーターがスピーカーなどを通じて呼びかけ、応答がない場合は救急隊の出動などを要請するといったサービスを構想している。
このサービスの実現に向けて、積水ハウスでは独自に非接触型センサー技術の開発を進めており、同社の〝本気度〟が伺える。パイロットプロジェクトなども実施しており、「(実用化に向けて)順調に研究開発が進んでいる」(吉田氏)という。
取得したバイタルデータを活用し、突然発生する身体の異常の検知だけでなく、生活習慣の改善など住まい手の健康増進に寄与するサービスの実現も視野に入れている。住まいに予防医学の役割を付加しようというわけだ。
データ駆動社会における「家」を再定義する
積水ハウスが具現化しようとしているプラットフォームハウスとは、「家」を再定義しようという意欲的なチャレンジでもある。
雨風をしのぎ、災害などから人命と財産を守るという受動的な物理空間ではなく、居住者の生活に積極的、そして継続的に関与し続け、その質を高めるための能動的なデータ駆動型環境へと「家」を再定義していく――。
言い換えれば、「モノ」から「コト」へと収益の源泉を移行し、住宅産業から住生活産業へと変革していくための戦略であるとも言えそうだ。

積水ハウス プラットフォームハウス推進部 サービス企画室長
藤岡 一郎氏
「つながる」リスクをどう回避する
セキュリティ対策の徹底が不可欠
積水ハウスの吉田氏は、「お客様のデータをお預かりし、サービスを提供するという仕組みを構築する上で、最も重視すべきことがセキュリティ対策です。物理的な住宅への侵入盗はこの10年で10分の1程度に減少していますが、サイバー攻撃は爆発的に増加しており、2021年のデータでは5180億パケットものサイバー攻撃が観測されています。3年間で2.4倍も増加しているのです」と指摘する。
住宅内のあらゆる機器がつながるほど、外部から攻撃を受け、何らかの被害や損失が発生するリスクは高まっていく。
積水ハウスが社員宅をモニターとして2週間、通信内容を分析した結果によると、約5000万パケットのうち、約5万パケットが不審な通信であったそうだ。その発信元はアメリカやロシアなどで、遠隔操作やログイン情報を狙った攻撃が一般家庭にまで及んでいることが分かった。
こうした状況を考慮し積水ハウスでは、高いセキュリティ機能を発揮するエッジコンピューティングシステムを採用しているほか、(一社)重要生活機器連携セキュリティ協議会(CCDS)が定めたセキュリティ基準を上回る性能を備えたシステムを導入している。
なお、国では(独)情報処理推進機構を通じて、セキュリティ要件適合評価・ラベリング制度(JC-STAR)を実施している。このJC-STARでは、CCDSで策定したスマートホームに関するセキュリティ基準をベースにしながら、基準の策定を進めているという。
CCDSに設置されたスマートホームWGで主査も務めている積水ハウスサービス企画室の藤岡一郎室長によると、「当社のエッジコンピュターを中心としたスマートホームシステムは、CCDSで定めた基準を上回るセキュリティ性能を備えています。お客様からデータをお預かりする以上、絶えず最高レベルの安全性を確保していく必要があると考えています」と語る。
この点でも積水ハウスは業界の牽引役としての役割を担おうとしている。
スマートホーム「不必要」派の記者 プラットフォームハウスタッチを体験
簡単、速い、便利に驚き
無料でスマートホームサービスを使用できる戸建賃貸に1年以上住んでいるのに、各種機器を箱にしまったまま一度も使っていない。設定が面倒なことに加え、正直にいえば必要性を感じていないのもある。そんなスマートホーム不要派の記者が、積水ハウスの「プラットフォームハウスタッチ(以下、PFH touch)」を体験してみた。
ホーム画面で状態把握
見やすい間取りのリモコン
体験場所は、都内某所にある3階建ての積水ハウス物件。担当者の方のスマートフォンを借りて、まずアプリを立ち上げてみる。ホーム画面は白とオレンジを基調としたデザインで、すっきりした印象だ。画面上部には情報や操作のトピックが文字で示されるようで、気温30度超だったその日は「現在、熱中症になりやすい環境です」と表示されていた。その下には、玄関が閉まっているかどうかが一目でわかる「Lock」と書かれた図、ホームセキュリティサービスがONになっていることを示す図が並ぶ。さらにその下には、「LDK 26℃ 50%」「屋外 30℃ 70%」といったように屋内外の気温と湿度が示される。ホーム画面だけで、現在の家の大まかな状態がわかるようになっている。
さらに、ホーム画面上下左右にあるオレンジのボタンをスワイプしてみる。上はホームボタンで、他3つはスワイプするとそれぞれ「わが家リモコン」「住環境モニタリング」「セルフホームセキュリティ」のページに移動できる。「わが家リモコン」は文字通り、家の中にあるエアコン、照明などの主要住宅設備の操作を一括してできるシステムだ。まず感心したのが、PHTの大きな特徴である間取りデザインの分かりやすさだ。初めてこの家を訪れた私でも、各階の間取りを見ながらその場所にある照明やエアコンのボタンを押せばいいだけなので、簡単に操作できた。
子ども部屋が暑すぎて危険!
察知後すぐエアコンON
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