2024.7.3

[座談会]AIは未来の住宅業界に何をもたらすのか!?

ビジネスや暮らしを大きく変革する可能性を秘めているAI。
果たしてAIは、未来の住宅業界に何をもたらそうとしているのだろうか―。
丸山弾-スタジオの丸山弾代表、あすなろ建築工房の関尾英隆代表取締役、ウッドステーションの塩地博文代表取締役会長の3氏に、それぞれの立場から語ってもらった。

―ウッドステーションではAIを活用した概算見積を開発したそうですね。

塩地 PDFの図面をアップロードするだけで、拾い出しと概算見積の作成をAIが自動で行うシステムを開発しました。Web上でデータをアップすれば、瞬時に拾い出しと概算見積までを行います。PCにダウンロードして使うパッケージ型のソフトなどとは異なり、PCの性能に左右されることはありません。

どのようなCADソフトで作成した図面であっても、PDFデータであれば利用可能という点も大きな特徴のひとつです。これまでも自動で拾い出しや概算見積を行うものはありましたが、どうしても特定のCADソフトを使う必要がありました。我々の開発したシステムは、CADソフトの制約がありません。

もうひとつの特徴は、実勢価格を基にした概算見積を作成することです。木材と断熱材については、市場で実際に売買されている価格情報を読み込み、見積額を提示できるようになりました。価格データは定期的に更新するので、利用者の方々の手を煩わせることはありません。今後はサッシなどについても実勢価格を基にした概算見積ができるようにしていきます。

属人化した概算見積の算出方法を
AIで仕組み化する

―丸山さんは実際にAIが行った概算見積額と実際の見積額の差を検証したそうですね。

丸山 ある住宅の例では、実際の構造部材の部分の見積額が約278万円だったのですが、AIを用いた見積額は約227万円でした。その差は約50万円ほどです。他の物件でも、だいたい20%くらいの差で納まっている感じでした(下表参照)。

その20%の内容を精査してみたのですが、登り梁の採用、二重の野地板、構造用面材の種類の違いなど、私の仕様による特殊事情からくるものでした。それらを省くと、ほぼ同額に納まるので、驚きました。

私の場合はあらかじめ20%くらいの差があるという前提で使用すれば、概算見積を作成する手間は大幅に削減できます。

資料提供:丸山弾-スタジオ

塩地 丸山さんがご指摘したように、現時点では登り梁やスキップフロアなどの建物内部の異空間を把握することが難しいという課題があることは事実です。最近の住宅は、こうした異空間が多くなっています。

現在、AIにどうやって異空間を認識させるかを検討しています。これが可能になれば、もっと正確な概算見積が提示できると思います。

丸山 私の実感としては、概算見積としては今のものでも十分に使えると思いますよ。大体の〝当たり〟を付けることはできますから。

関尾 私は工務店を経営していますが、もともと設計事務所に在籍していたので、立面図に全部割り付けて枚数を拾いながら見積を行っています。そのため、概算の段階でもそれなりに精度が高い見積になっています。

ただ、〝当たり〟を付けて坪単価などで概算を出している企業も多いのではないでしょうか。

丸山さんが言うように、漠然とした〝当たり〟をAIが実勢価格に基づいて提示してくれるのであれば、今のシステムでも十分だと思います。

今後、平面と立面に加えて、矩計図も読み込むようになれば、塩地さんの言う異空間も読み込むことができるようになるのではないでしょうか。

塩地 まだまだAIの学習が足りていない部分があることも事実ですが、今後、短時間で急速に進化していくのは間違いありません。

今後の展開としては、建設予定地から最も調達しやすい国産材の価格から概算見積を提示する機能も付与させていきたいと考えています。

AIが生成したデータを、アーキロイドという会社が開発を進めているAIで構造計算などを行うシステムに利用できないかということを考えています。アーキロイドのシステムを活用すれば、我々がAIで生成した立面情報で完全に読み解くことができない異空間の部分までも把握することが可能になります。

ここまで出来てしまうと、例えば温熱計算なども容易に自動で行えるようになります。

丸山 AIで構造計算ができるようになると、大きな変化が生まれるでしょう。

残念ながら住宅の設計で床伏図まで描く設計者は減っているようです。人手も不足しているのでAIに頼らざるを得ない設計者も増えるのはでないでしょうか。

例えば長期優良住宅の認定を取得する前提で設計を進めていき、いざ見積を作成してみると、当初の予算とは合わないという状況が発生し、計画の見直しを行うことがあります。その場合、また構造計算や温熱計算を行う必要がある。AIを活用していけば、こうした労力と時間を省略していくこともできそうです。

先ほどの関尾さんの話に関連すると、確かにこれまでの経験則から漠然とした〝当たり〟で概算見積を作成してきた設計者や工務店が多いことは事実です。しかし、例えばウッドショックのようなことが起こると、これまでの〝当たり〟の感覚がずれてくる。その点、AIを使った概算見積であれば、実勢価格が更新されていくので、同じ〝当たり〟でも、かなり精度が高くなると思います。

さらに言うと、個人の経験則から得た〝当たり〟を算出する感覚を、次の世代に引き継げるのかという問題もあります。それならAIに任せた方がいいのではないかという考え方もある。

関尾 ちなみに当社では、契約前の段階でお客さんと話をしながらある程度の概算見積を簡単に出せる仕組みを導入しています。

例えば、吹き抜けを設けたいとお客さんから言われたら、「吹き抜けを設けることで床面積は減るのですが、実はコストは2割くらいしか減りません」という説明をします。これは私の経験などを基に算出したもので、〝当たり〟としてはそれなりの精度を持っています。こうした説明をしながら、基本仕様のコストを基に坪単価を算出できるようにしています。

AIで進む没個性化
ビッグデータ活用にも懸念

―関尾さんの経験を見える化・仕組み化し、共有できるようになったわけですね。

関尾 そうですね。この仕組みを導入するまでは、お客さまと話をする中で盛り上がり、実施設計後に詳細見積を行ったら、概算見積とかけ離れた金額になってしまうということがありました。それでお客さんから怒られたこともありました。私だけでなく、他のスタッフにも、こうした経験はさせたくないので、私の経験などから構築した〝当たり〟を共有化できるようにしたのです。

塩地 素晴らしいですね。まるで関尾さん自身がAIになった感じですね。

関尾 ただ、私の会社では仕組み化ができてしまうが、こうした取り組みを行うことが難しい工務店が多いことも事実ではないでしょうか。その部分をAIが補ってくれることで、助かる人は多いと思います。

AIの進化を見ていると、いずれは多くの部分を補うようになるとは思っています。文章などを作成させると、「このままメルマガに使えるなー」というくらいの精度の文章が出てきますから。

その一方で、正直に言うとAIに対する怖さもあります。ようするに何も考えてなくても、設計や見積ができてしまうわけですから。

塩地 確かに怖さもあります。これまでのITツールは、あくまでも人間が行う業務を支援するものでしたが、AIを活用すると人間が行ってきた「決定行為」に近づいていきますから。

AIには、大きく数理系と言語系のものがありますが、我々のシステムは数理系のものです。言語系にまでは踏み込んでいません。これが言語系のものと連携し始めると、施主と話しをしながらプランを提案し、その後ろで構造計算や概算見積もAIが行うという世界が実現していきます。

関尾 1カ所にビッグデータが集まる怖さもありますよね。例えば、日本の相当数の住宅会社が同じAIを使って概算見積を始めると、木材の使用量などを高精度に予測できるようになります。その情報を使って価格をコントロールすることも可能になる。

塩地 ビッグデータが資本主義と結びつくと、需給調整や価格のコントロールが行われる懸念があるというわけですね。我々はそんなことまでは考えていませんよ(笑)。

関尾 あとはバグがあると、日本中の建物で構造計算が間違っていたということになるかもしれません。

塩地 データ連携が行われて、全く目視が行われずに最後まで行ってしまうという状況になると、その心配はありますね。

丸山 プロがいなくなる懸念もありますが、概算の前の段階、つまり基本設計の部分からAIに頼ってもいいのではないかと思います。

個人的に思うのは、軒が出ている屋根とシンプルな構造さえ採用していれば、住宅の高寿命化につながりますし、将来のリフォームにも対応しやすくなります。そして、日本の風景の再生にもつながります。屋根が揃っているだけでも、景観は回復していくはずです。

その思考をAIが理解しながら、基本設計をやってくれるなら日本の住宅と街並みは良くなっていくのではないでしょうか。私は設計事務所としてAIに負けないように努力をする必要がありますが(笑)。

あとはAIによる確認申請に期待したいですね。今の確認申請はサッカーのVARのような機能がありません。ルールは統一されているはずなのに、審判によってOKとNGの線引きが変わってしまうことがあるのです。

それであれば、確認申請を電子化し、AIがOKかNGかを判定した方が、申請をする側も審査する側も楽になるのではないでしょうか。

関尾 我々も自治体などに「同じソフトを使って審査を楽にしませんか」と働きかけるのですが、なかなか実現しません。その状況を踏まえると、AIを使って確認申請を行うというのはもう少し先の話になるかもしれませんね。

そもそもの話ですが、塩地さんは何を目的に概算見積AIを開発しているでしょうか。

塩地 目的は何かと聞かれると、住宅産業を徹底的に標準化したいということでしょうか。

これまで日本はそれなりの住宅需要があったわけです。その需要の多さによって、人が傲慢になって、必要のない個性を競い合ってきました。その人の傲慢さが効率性の低下や、丸山さんが指摘した景観の崩壊につながっているのではないでしょうか。

端的に言うと、人が邪魔をしている部分が少なからずあると考えています。だからこそ標準化が必要なのです。

リスクもあります。没個性に陥るかもしれませんから。AIを牛耳って個性を発揮できる人はごく一部ではないでしょうか。

消費者から「AIで充分です」と言われないために

―少しありきたりな表現になってしまいますが、AIは敵なのか、味方なのかという点についてどうお考えですか。

丸山 私が仕事をしている時間のうち、図面に向き合っている時間は半分にも満たないと思います。

その時間の中でも、クリエイティブなことに費やしている時間はさらに限られます。ある意味では、それ以外の部分は自分以外の人でもできる。

手書きからCADに変わっても、1本ずつ線を引いていく作業はそれほど変わっていません。その線を引いている時間は、決してクリエイティブとは言えませんよね。そういう作業に費やす時間が多くを占めています。

例えば、平面図と矩計図をしっかり描けば、立面図は線を引っ張ってくるだけの単純作業なのですが、結局は立面図も1本ずつ自分で線を引いている。

そのような状況に加えて最近では、構造計算や温熱計算を同時進行で考えていくので、以前よりもやるべきことが圧倒的に増えています。

人材の問題もあります。私のような小規模設計事務所に就職希望をする人も少なくなってきていますし、昔のような労働環境は有りえない。

そのような状況の中、時間をかけて人材を育てても、優秀なスタッフほど独立していきます。それであれば、AIにアシスタント的な役割をお願いして、クリエイティブな時間を増やしていきたいですね。

理想を言わせもらえれば、スターウォーズのR2‐D2みたいなAIが絶えず傍にいて、クリエイティブな仕事以外をサポートしてくれると嬉しいですよね。

関尾 先ほど塩地さんが「人が邪魔している部分がある」と言いましたが、確かにAIがクールに判断した方が省力化していく部分は多いと思います。

その結果、丸山さんが言うクリエイティブな仕事に集中できるなら、AIは力強い味方になるでしょう。そして、没個性に陥らなかった人だけが生き残る―。そういう世界になっていくのかもしれません。

塩地 繰り返しになりますが、数学的にも、国語的にもAIが果たす役割は大きくなるはずです。その中で、没個性になることなく、どういう個性を発揮していくのか。そういう競争になっていくことは間違いないでしょう。

丸山 そう考えると、数学的なR2‐D2だけでなく、国語的なC‐3POも必要ですね(笑)。

塩地 それは分かりやすい例えですね。継続的に同じロジックで会話して、徐々に関尾スタイル、丸山スタイルを学んでいくことはAIの良いところで、どんどん心強いパートナーになっていきます。

丸山 塩地さんが没個性になると言いましたが、それを乗り越えられれば、人間はそのうちAIにはできないクリエイティビティを発揮するようになると思いますよ。今よりもより人間らしい個性を発揮するようになるはずです。

関尾 そうですね。その意味では、現時点でも個性を発揮できていない住宅会社は、消費者からも「AIで充分です」と思われてしまい、淘汰されていくかもしれませんね。

―AIによって一時期は没個性に陥るかもしれないが、より個性を発揮する事業が登場してくるかもしれないということですね。そう考えると、結局はAIを敵にするか、味方にするかは人間次第ということかもしれません。

本日はありがとうございました。

(進行は創樹社・中山紀文)