大工志塾 3年目を迎え活動に広がり 神流町とのつながりに深化、修了生の組織化も視野に
上野公成 (一財)住宅産業研修財団 理事長
2018年にスタートした大工志塾。工業化や合理化のなかで忘れられつつある日本の伝統木造建築構法を次代に継ぐ取組は少しずつ実を結び始め、新たな可能性も広がりつつある。
──大工志塾がスタートして3年目に入りました。
大工志塾は3年間のプログラムで次世代を担う大工棟梁に必要な技術・知識を学びます。第1期生は2018年10月に入塾し、今年9月に卒業予定となっています。3年目を迎えるにあたり、3年間の育成プログラムが固まりつつある中で、間もなく第4期生の募集を開始します。
大工志塾は、座学と実技、工務店修業(OJT)の3つの育成プログラムからなりますが、何といっても大学などで教わることのできない規矩術をはじめとした伝統構法や住宅建築に関する基礎知識を学ぶことができることが大きな特徴です。現在、プレカットが主流となり、墨付け・手刻みをして建て方をする、といった伝統的な家づくりをする機会が減ってきているため、その基本を理解している大工さんも併せて減ってきている現状があると感じています。
座学は毎月1回各地域で行うこととしており、その教室は、福島、東京、名古屋、大阪、福岡の5カ所でスタートしました。当初から塾生が一定人数いた場合は新たに教室を開設しようと考えていたのですが、おかげさまで2019年には金沢教室、2020年には長野教室を開設することができました。
座学のない日は自分が勤務する工務店で仕事をしながら、工務店修業(OJT)として指導棟梁のもとで道具の扱い方や礼儀作法などを学ぶことで、立派な職人になれるように研鑽を積みます。
そして、座学などで身に付けた技能・技術を発揮する場として、年に2回、群馬県の神流町で集合実技研修を行います。この研修は全国の塾生が合宿をして一つの課題に取り組みます。一年次の前期は合掌造りの屋根部分、後期は三重塔を制作し、二年次の前期は二級建築大工技能検定課題の演習を行いました。第1期生は入塾してから一年半も経たないなかでの受検という状況であるにもかかわらず、2名が二級建築大工技能検定に合格しました。二年次の後期は四阿を制作します。三重塔よりも簡単に思えますが、四方転びという四隅の柱が斜めに開いている伝統的な技法を取り入れたもので、難しい造りとなっています。これらの課題はすべて神流町の木材を使用して制作しています。
課題制作は建て方までで終了し、その後は町に解体していただくのが通例でしたが、三重塔に関しては町の要望もあって、古民家をリノベーションした宿泊施設「川の音」の入り口に設置していただきました。神流町の田村町長から「次は五重塔を」と要望をいただき第2期生は五重塔に取り組みました。城山公園というまちの中心部から見上げる場所にある公園に設置され、神流町の新しいシンボルとなっています。神流町では毎年5月に「かんな鯉のぼり祭り」を行っており、神流川の上に8本のワイヤロープを張り、約800匹もの鯉のぼりが泳ぎます。第3期生にはそのワイヤーを張る片側の山の頂上に設置する五重塔を制作してもらう予定です。
そして三年目の修了制作では、住宅をひと棟建てることを課題としており、現在は神流町内に住宅を建設すべく検討を進めています。現在の設計は、1戸当たり12坪程度の単身者向け住宅2戸をいわゆる二戸一で建設することとしており、石場建て(石の基礎の上に直接柱を建てる)により、石の上に組み立てます。もちろんこの住宅にも神流町の木を使用し、神流町の雰囲気にあった住宅に仕上げたいと考えています。
──実技研修を通じて神流町とのつながりが深まっているようですね。
大工志塾の講師で「木と大工は一体だ」とお話する方がいらっしゃいますが、全くその通りだと思っています。なので、大工志塾の講義においても、木や山について座学や集合実技研修の中で勉強することとしています。例えば、神流町は杉や桧だけでなく塩地など多くの木の産地であるため、塾生の初めての集合実技研修では、地元の森林組合のご協力のもとで木の伐採や製材所を見学させていただくとともに、研修期間中に官公庁の方をお招きして林業をとりまく最新の動向と施策を学ぶ特別講義も行いました。
神流町では昭和20年以降に植林した木が70年以上を経て立派に成長しているのですが、十分な間伐ができていないなどの理由で荒れてしまっている山もあります。加えて、神流町では人口減少も大きな問題となっています。人口が2000人を下回っている状況であり、その人口減少に歯止めをかけるべく、町ではUJIターンなどの定住を促す施策にも力を注いでいます。その中で、大工志塾の活動が神流町の活性化の一助につながればよいと思っています。先述した修了制作で建設する神流町の木と伝統構法を生かした住宅が、これから町に移住してくる方たちにとって、大きな魅力になるのではないかと期待しています。
林業活性化の面からも双方にメリットを生み出せそうです。実は神流川森林組合において、伐採は自身で行なっておりますが、製材については外部に委託している実情があります。一般に購入できる製材品は規格により長さなどが決まっていますが、自分たちで製材できれば6mといった長いものでも継ぎ足しをせずに入手することが可能となります。当財団でも先般、米国製の製材機を購入し、神流川森林組合で必要に応じて使っても構わないことを条件に設置させていただいておりますが、森林組合でもそれとは別に最新式の製材機の購入を検討しているようです。伐採だけでなく製材して販売すれば森林組合の活性化にもつながるものと考えています。加えて、大工志塾関係者や大工育成塾のOBなどにも本塾を通じてできたつながりを大切に感じてもらえるよう、自分の欲しい木材が見つからないときに、製材機を使用して神流町の木から自分の望んだ木材を割安で入手してもらえるようなサービスも提供していきたいと考えています。
神流町はかつて養蚕業が盛んで、麻生地区には養蚕農家の立派な古民家が残っており、古民家宿泊施設「川の音」や森林組合もこの地区にあります。修了制作で建てる住宅もこの地区に建てる予定ですが、一棟限りではなく、今後もこの取組を継続することで、 ゆくゆくは”古民家が集まるまち”としていきたいね、などと町とも話しています。
──大工志塾の活動に広がりが出てきているようですね。
第1期生には女性の塾生が1名在籍しておりますが、第3期生では5名もの女性が入塾しました。大工さんといえば男性が多いイメージのある職業ですが、女性の活躍の場が増えてきていると実感するとともに、当塾をきっかけにどんどん女性の大工さんが増えていってほしいと思っています。当塾の長野教室や名古屋教室では、日頃の仕事で寺社建築を手掛ける工務店からの入塾や、日本の伝統建築に興味を持つ外国人が入塾するなど、3年の運営を経て、大工志塾も大きな広がりを見せています。
大工志塾の前身である大工育成塾は13期にわたって運営し、約600名の卒業生を輩出しました。その卒業生の中には大工棟梁になった人、自分の工務店を立ち上げた人、また、何人かは大工志塾で講師を務めています。
こうした方々に大工育成塾で培った技術やつながりを大切にしてもらえるよう、本格的にOB会を立ち上げて組織化し、ゆくゆくは大工志塾の修了生も参画することで、大きなつながりを形成できないかと考えています。
OB会を立ち上げるにあたり、大工の魅力を再発見してもらえるようなきっかけ作りができないかと考え、奈良で社寺建築などを手掛ける尾田組の尾田会長に連絡しました。尾田組は天保元年創業の宮大工で東大寺の仕事をしていることから、東大寺の見学ができないかと相談したのです。尾田会長と一緒に第23世東大寺別當の狭川華厳宗管長に面会して色々とお話をしたのですが、奈良の多くの寺社が修復に困っているとのことで、何か一緒にできないかという話になりました。また、尾田組は平城京の修復にも携わっており、OB会や現在の大工志塾の塾生たちで何か協力できるようなことはないかと検討しています。こうした場に参加できれば、大工として非常に貴重な経験ができ、誇りにもつながるのでないかなどと思っています。
2020年、日本の「伝統建築工匠の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。文化庁では修理・修復などの伝統的な技術を文化財保護法の対象とし、「選定保存技術」を選定して技術の保持者または保存団体を認定しています。大工志塾の講義科目である規矩術もその対象であるので、今後は、こうした動きも視野に入れて活動により力を入れていきたいと考えています。
(聞き手:古川興一、平澤和弘)
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