New   2026.6.24

相場家賃の1.5倍でも3週間で満室に 「ケヤキファミリア」が拓く“つなぐ賃貸”の未来

この景色を、壊したくなかった―

 

池袋駅から電車とバスを乗り継いで30分少々。交通量が多い道路沿いを歩いていると、突如として一本の大きなケヤキの木が目に飛び込んでくる。

そこは、かつて江戸時代に川越街道の「膝折宿(ひざおりしゅく)」という宿場町として栄えた場所だ。

一歩敷地へと足を踏み入れると、さっきまでの喧騒が嘘のように消え去り、しっとりとした緑の香りと土の匂いに包まれる。木漏れ日が揺れるその奥に静かに佇む、4棟の木造戸建て住宅。ここが、賃貸住宅の新しい未来を体現する場所「ケヤキファミリア」である。

「自然に還るように、暮らす」というコンセプトを形にしたケヤキファミリア

「この風景を残したい」― ある家族の願いから始まった

「ケヤキファミリア」が誕生した場所には、もともとオーナーご夫婦が暮らす自宅と、愛情を込めて手入れされてきた美しい庭、そして長い年月をかけて育まれた雑木林があった。

春にはバラが咲き誇り、夏にはケヤキの葉が涼しい木陰をつくる。しかし、年月が経ち、ご夫婦の高齢化に伴って雑木林の維持管理が少しずつ困難になっていった。都心で暮らす息子さんもまた、幼い頃は何気なく過ごしていたこの実家の緑が、自身が親となり、子どもを連れて帰省するたびに「かけがえのない贅沢」であることに気づき始めていたという。

「できれば、この風景を壊さずに残したい……」。

それが、家族共通の切実な願いであった。通常であれば、土地をすべて更地にし、最も効率的に戸数を詰め込んで利回りを最優先したアパートを建てるのが「不動産の常識」かもしれない。しかしオーナーご家族が選んだのは、これまでの「壊す開発」ではなく、美しい風景を次世代へ引き継ぐ「つなぐ開発」の道であった。

自然に還るように、暮らす 環境共生のプロが集結

この想いに共鳴し、2023年11月に動き出したのが、環境共生のプロフェッショナルによる共同プロジェクトだ。

総合企画を手がけたのは、環境共生型開発の第一人者であるチームネットの甲斐徹郎氏。設計・施工は、地元・新座市で150年にわたり「土を残して、緑を植える」家づくりを続ける増木工務店。そして造園は、植物が健やかに育つ「土中環境」の再生に取り組むみどり縁の濱田和之氏。

彼ら、環境共生のプロたちが掲げたコンセプトは、「自然に還るように、暮らす」であった。

樹木を切らない計画と可変性のある住まい

まず行われたのは、敷地内のすべての木々を図面にマッピングする作業であった。既存の樹木を可能な限り残し、どうしても必要な場合は移植を行う。結果として、長年この地を見守ってきた木々をほとんど伐採することなく、4棟の建物をゆるやかに雁行配置させる設計が完成した。

増木工務店の代表取締役・齋藤洋高氏はこう語る。

「周辺の豊かな風景と美しく調和させるため、建物自体は極めてシンプルに設計しました」。

この建物には、地域の持続可能性も見据えた工夫が凝らされている。紀州材の大型パネルを用いた強固な構造でありながら、将来的に断熱性能を現状の等級6から断熱等級7へと引き上げられる可変性を持たせた。

ライフスタイルの変化に合わせて間仕切りを自由に変えられる室内は、まさに「長く愛され、受け継がれる器」そのものだ。4棟のうち1棟には店舗スペースも併設され、入居者がレストランを開く準備が進められている。

緑の風景と調和するシンプルな建物デザイン
現しになっている柱と柱の間に断熱材を充填し、その上から新たな仕上げ材を施工することで、容易に断熱性能を高めることが可能

目に見えない「土の中」から心地よい風を生み出す

「ケヤキファミリア」の居心地の良さは、単に緑が見えるからだけではない。実は、目に見えない「土の中」にその秘密がある。

造園を担当したみどり縁の濱田氏は、敷地内に細かな「溝」や「点穴」を掘り、藁(わら)などの有機物を混ぜ込むことで、土の中で植物の生育を助ける「菌糸」が育つ環境を整えた。

「多くの開発では、建物の基礎や駐車場のために土がカチカチに踏み固められ、水も空気も通らなくなってしまいます。それでは木を植えても根が伸びず、やがて弱って虫害を招きます。大切なのは、土を団粒構造にし、空気と水が循環する『生きた土壌』を作ることなのです」と濱田氏は指摘する。

さらに、この豊かな緑は天然の「エアコン」としても機能する。

「樹木は単なるデコレーションではありません。日差しを遮り、心地よい日陰を作り、風の温度を下げて室内に届ける。植物が持つ本来の『気象緩和効果』を最大限に活かした植栽を施しているのです」(濱田氏)。

それぞれの住戸の前には贅沢な「緑の風景」が広がる

駅遠・相場1.5倍でも「3週間で満室」になった理由

一般的に、都心から離れ、最寄り駅からバス便という立地は、賃貸経営においては「不利」とみなされる。しかし、ふたを開けてみれば、周辺相場の約1.4〜1.5倍という家賃設定にもかかわらず、募集開始からわずか3週間で全棟が成約に至った。

この事実は、これまでの「駅からの距離」や「利回り最優先」といった画一的な不動産価値の基準を、鮮やかに覆すものとなった。

「ケヤキファミリア」がもたらしたのは、分譲で土地を切り売りするのではなく、賃貸という形で土地を所有し続けるからこそ生まれる「複線的なつながり」だ。オーナー、入居者、そして地域の人々が、この美しい風景を介してゆるやかにつながり合う。その安心感と心地よさこそが、高い経済的価値へと結びついたのである。

土中環境から樹木の生育環境を整備した

風景が人を育て、人が風景を育む「動的平衡」の未来

チームネットの甲斐氏は、都市計画家のヤン・ゲール氏や、生物学者の福岡伸一氏の思想を引用しながら、このプロジェクトの未来像をこう表現する。

「美しい風景があるからこそ、人はそこに立ち止まり、眺め、対話を始めます。その『関わり』が新たなコミュニティを育み、今度は人々がその風景を愛し、手入れしていく。この循環が、風景そのものを、変化しながらも調和し続ける『動的平衡(どうてきへいこう)』の状態に保ちます。それこそが、私たちが目指した世界観です」。

かつての宿場町に佇む大ケヤキが紡いできた歴史。

それをただ壊して消費するのではなく、時代に合わせて少しずつ姿を変えながら、次の世代へと手渡していく。

「ケヤキファミリア」が示したのは、単なる新しい賃貸住宅の形ではない。私たちがこれからどう土地を愛し、どうコミュニティを育み、どう生きていくべきなのか。そして、そのためにどのような住環境が求められるのか。それらの問い対する、ひとつの「解」でもある。

次世代に引き継がれることになった大ケヤキ