日頃から書きなぐっていた取材ノートや備忘メモに埋もれていた諸々を拾い、不定期で自由気ままに綴ってみようと思います。落ちこぼれた種から何か芽が出てくるかな——。

 

3万年前のわが祖先の航海を再現、成功

台湾から与那国島まで225キロ、手漕ぎ丸木船で


[3万年前の航海徹底再現プロジェクト]——の名を聞いて、思わず笑みを漏らす人も多いだろう。既に4年前からスタートしているものだが、7月に入ってTV放映もされており、「ああ、丸木舟の航海」と知る人も多い。そう、日本人のルーツを調査・研究する国立博物館が初のクラウドファンディングで実施しているプロジェクトであり、その最大のミッション、台湾から沖縄の与那国島まで手漕ぎの丸木船で渡ることにこの7月、成功したのだ。この成功にすばやく反応した日本記者クラブがこのほど、緊急記者会見を実施した。会見には、同プロジェクトの代表、海部陽介・国立博物館人類研究部人類史研究グループ長に、丸木船のキャプテンの原康司さん、舵取り・漕ぎ手の田中道子さんが登壇、航海の苦労話などを語った。

右から海部さん、原さん、田中さん

日本列島に初めてホモ・サピエンスが現れたのは3万8000年前頃の後期旧石器時代で、彼らは海を越えてきたことが判明している。そのルートは北海道、対馬、沖縄の3つとされるが、特に厳しいのが沖縄ルート。沖縄には台湾から移住してきたと想像されるが、台湾から一番沖縄に近い与那国島まで距離にして225km、その間には流れの速い世界最大級の海流、黒潮が横たわる。どのように海を渡ってきたのか。船であることは想像できるが、どんな船だったのか。沖縄の遺跡のどこからも手がかりは得られない。「それなら、われら祖先の3万年前の海への挑戦を徹底再現しよう」とプロジェクトを立ち上げたのだ。

「台湾からは見えないといわれていた与那国島だが、歩き回った山の上から与那国島を見ることが出来た」と海部さん。台湾からに、自信を深める。実験航海には、日本の国立博物館としては初めてのクラウドファンディングで資金を調達、約6000万円を集めた。

この大航海を成し遂げた船はどんなものだったのか。まずは草を編んだ船、次は竹の筏。いずれも黒潮を無事に渡れそうに無い。最後が石器(石斧)で大木を切り、くりぬいての丸木船。これに可能性を見出してのテスト航海を実施して今年7月の本番を迎える。そして、徹底再現を打ちだしただけに航海ルールも決めた。「コンパス、GPS、スマホ、時計などは持たない」「漕ぎ手は途中交代しない」「伴走船は方角を指示しない」。陸、太陽、月、星、風、波、雲、鳥など自然を読んで、進路を定めるという古代航海術の活用である。漕ぎ手は、世界の海を渡ってきたシーカヤッカーの原さん、カヤックをはじめ様々なパドルスポーツに挑戦してきた田中さんを含めて5人で、自然の読み方を含め合宿などを通じて準備を進めてきた。本番まで科学者、冒険家ら総勢60人が協力体制を組んだ。

7月7日に台湾を出航し、7月9日に与那国島に到着。結果、45時間10分の航海を成功させたわけだが、「海水の排水が大変」「暑さが凄く、本当に疲労困憊」「見えるはずがない島が見えた幻覚症状に襲われた」「海の中での排尿・排便に一苦労」など、苦闘ぶりを笑いを交えて語っていたが、「3万年前に追いつけない」(海部)としみじみ。3万年前の開拓者精神をどこまで知ることができるのか。むしろ謎は深まるばかりなのかも。航海を終えて原さんは「凪ぎの気持ちの大事さ」、田中さんは「人は自然に生かされている」ことを肝に銘じたと語る。

この7月は、人類初の月面着陸のアポロ11号の50周年記念で、宇宙へのロマンが呼び起こされ、そして「3万年前の航海、徹底再現プロジェクト」で太古のわが祖先のルーツに想いを馳せ、太古の航海術の修得・体験で、海へのロマンにも心を高ぶらされた。熱くも爽やかな令和元年の夏である。

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