ホールライフカーボンの時代が幕を開けた
建材のEPD取得推進へ向け取り組みが加速
社会的に環境意識が高まり、建築物の使用時だけでなく、原材料の調達から廃棄物の処理までを含めてCO2排出量を削減する動きが出ている。
そうしたなかで求められるのが建材のLCCO2(ライフサイクル全体でのCO2排出量)の情報だ。
LCCO2の算出に向けた建材業界の取り組みを探る。
建築物において、ライフサイクルを通した二酸化炭素の排出量、WLC(ホールライフカーボン)を求める動きが加速している。(一財)住宅・建築SDGs推進センター(IBECs)の「ゼロカーボンビル推進会議」は、今年5月に、建築物ホールライフカーボン算定ツール=J‐CATの試行版を公開、10月31日には正式版をリリースした。従来から多用されている簡易的な金額ベースではなく、物価上昇や契約金額などの影響を受けない資材数量ベースの算定が可能なことが大きな特徴だが、試行版の公開後、6月中旬には登録者数が800人を超えるなど反響は大きい。現時点では、大型建築物が中心だが、推進会議では、24年度にJ‐CAT戸建版とCASBEE‐戸建との整合性に関する検討を進め、25年度以降にJ‐CAT戸建版を開発する予定だ。また、国土交通省の令和7年度住宅局関係予算の概算要求には、BIMと連携したライフサイクルカーボンの算定・評価(LCA)等への支援など、ライフサイクルカーボン削減に向けた取組の推進について記載があり、住宅業界にライフサイクル全体でのCO2算出の波が押し寄せている。
建築物のWLCを求めるためには、その建築物に使用している建材、設備の製品ごとのLCCO2の情報が必要だが、LCCO2を含む建材の環境負荷の把握に役立つものの一つが、「EPD(Environmental Product Declaration、製品環境宣言)」だ。EPDは、LCAの手法を用いて定量的に製品の環境情報を表示する環境ラベルで、世界各国でISOに準拠した運営が管理をしている。EPDを見れば、製品単位のLCCO2をはじめとする様々な環境負荷を知ることができる。
不動産業界からの要望強く環境負荷算出に
勢いを増す建材業界
検討会議設立も
日本で唯一のEPD運営機関である(一社)サステナブル経営推進機構(SuMPO)によると、20年10月26日の菅義偉 元首相の2050年カーボンニュートラル宣言から、問い合わせが急増したそうで、「これまで、LCAは研究開発や社内的なCO2削減目標の達成に使用する企業が多かったが、CO2排出量の情報を外に出していくことに意味があるというように風向きが変わってきた」(EPD事業部 伊藤聖子部長)という。特に建材に関しては、不動産業界からの要望が強く、ここ数年でEPD取得へ向けた勢いを感じているとする。
SuMPOでは、LCA人材育成などを通して、EPDの普及に取り組んでいる。EPDの算定ができる人、また、今後EPDの取得が増えた際に、算定の妥当性を検証する検証員を増やしていくために検証機関などと調整を行っているそうだ。
(一社)日本建材・住宅設備産業協会(建産協)は、脱炭素製品として打ち出している商品は、メーカーが積極的にEPDを取得し、アピールにつなげる動きも進んでいるとしたうえで、建材・設備メーカーのEPD取得へはいくつか課題があると指摘する。
そのひとつが、コスト面での課題だ。計算や登録に関しては費用が発生するが、取り扱っている商品すべてでEPDを取得しようとするとかなり大きな負担となる。そのため、メーカーの負担軽減を実現する制度設計が必要だとする。また、建築物のCO2排出量へ大きく影響を与えるものとそうでないもので、精緻な計算の必要度が変わってくるため、そうした線引きについても検討を進める。「EPDの取得には費用と労力が必要となるため、メーカーの費用をできるだけ減らすような合理的・実用的な制度が求められている」(寺家克昌専務理事)というわけだ。
建産協は、ゼロカーボンビル推進会議内のワーキンググループのひとつデータベース検討SWGに昨年度より参加し、建産協の会員に向けた情報発信などを行っている。
また、建材・設備のCO2排出量の提示が早急に求められるなかでは、EPD取得の推進と並行して、製品分類ごとに平均的なデータを用意していく必要もあるのではないかと議論がなされているという。
こうした議題に積極的に取り組むため、清家剛 東京大学大学院教授を委員長とする「建材EPD検討会議」が今年10月に発足、4日に第一回の会議が行われた。建材EPD検討会議には、現時点で、建産協を含めた17の業界団体と学識経験者などが委員として参加しており、ゼロカーボンビル推進会議で作成された全体方針を現場に落とし込むための結節点の役割を果たす予定だ。具体的な議題は、(1)工業会及び企業におけるPCR・EPDなどの取り組み状況の進捗確認、(2)ゼロカーボンビル推進会議・データベース検討SWGにおける検討状況などの共有、(3)PCR・EPDなどの取り組みにあたっての課題抽出、対応方針の検討、(4)建築BIMとの連携などだ。
算定ルールづくりや共同研究など団体ごとの取り組みも加速
EPDの取得には製品分野ごとの具体的な算定ルールPCR(Product Category Rule)が必要となるが、これは主に業界団体が中心となって作成される。
そのPCRの策定に向けてSuMPO内のワーキンググループで協議を進めている業界のひとつが断熱材業界だ。特に断熱材業界は、多くの関連企業、団体などが参加し、大きなワーキンググループになっているという。ただ、SuMPO EPDには断熱材による住宅の環境負荷低減効果は含まれない。そのため、断熱建材協議会では独自に、住宅の断熱性能等級ごとに、断熱材がどれほど環境負荷低減に寄与しているかを調査する考えだ。
こうした勢いに乗り遅れまいと動きを注視しているのが、発泡スチロール協会だ。発泡スチロールは、環境負荷を考える際に逆風に立たされやすい。しかし、リサイクルのしやすさなどを考慮すると、ほかの素材より優れた側面もある。同協会は、24年2月に公表した「EPS(ビーズ法発泡スチロール)製品の設計・製造に関する環境配慮ガイドライン」で、EPS製品の設計・製造にあたり配慮するべき事項をまとめた。この中で、有効利用率を考慮したEPSのLCI(ライフサイクルインベントリ、LCAの一部で製品の製造から廃棄の各段階で、そんな物質がどの程度排出・消費されるかを調査・分析するプロセス)計算、建材(断熱材)を使用することによる省エネ貢献などの考え方を整理し発信することを記載した。「発泡スチロールは軽い素材のため、重量ベースで計算すると他素材よりも環境負荷が高く算出されやすい。しかし、断熱材として住宅に使用すれば、製造時の環境負荷を上回る環境負荷削減が可能であり、そうした考えを説明していきたい」(篠﨑広輝 EPS建材推進部長)とする。
一方、日本繊維板工業会は、建築廃材などを原料としており、環境負荷が少ない繊維板の特徴を学術的に明らかにするために、東京農工大学大学院の加用千裕教授の研究グループと共同で研究を行っている。その試算によると、過去70年間に建物に使われた繊維板のうち、現存しているものが貯蔵している炭素量は、国内で製造されている繊維板だけでもCO2換算で約5350万tであることが分かった。これは国内の森林が1年間に吸収する炭素量に相当する。現在は、繊維板の製造時のCO2排出量を学術的に明確化する取り組みを進めており、ハードボード、MDF、インシュレーションボード、パーティクルボードの4種類について、平均的な製造時のCO2排出量を明らかにすることを目指している。
これに関連して、「木質ボードのLCA評価検討会」(委員長:入山朋之・日本繊維板工業会運営委員長)を設置。27年5月までの活動を予定し、木質ボードのLCA分析へ取り組む。
全世界のCO2排出量に占める建築セクターの割合は約4割。カーボンニュートラル社会へ向けて、建築物のCO2排出量をどう減らしていくかが喫緊の課題となっている。そのためには、まず、現状のCO2排出量を把握することが重要であり、今後も建築業界に強く求められることだろう。
SuMPOの伊藤部長は、EPD取得が目的となるのではなく、そこで出た数字をどう活用するかが大切だとする。「数値を減らしていくためにどう努力するのか、または、製品自体の数値は高くても建物に使用することでCO2削減に繋がるものもある。広い視点で観ながらカーボンニュートラル社会へ向けて、製品が果たす役目を考えてもらいたい」。さらに将来的には、資源や水の消費面から見ても優れた建材であるかなど、EPDのカーボン以外の部分の環境情報にも目が向けられることも期待する。
また、EPDは国際的に通用する点が強みではあるが、国内のカーボンニュートラル貢献という視点では、ほかにもCO2排出の算定方法がある。EPDは、クレジットなどによるCO2オフセットの取り組みは加味されないため、目的に合わせた算定方法を選ぶことも重要となる。
建材業界のカーボンニュートラルへ向けた取り組みは始まったばかりだ。
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