“のび太くん”化で台頭の住サービス/住生活のデザインをプロデュース
“のび太くん”化で台頭の住サービス
住宅産業界でフローからストックへの移行が叫ばれてから久しい。新設住宅着工戸数が減少するなか、既存住宅流通やリフォームの増加が唱えられる。だが、業界をウォッチングしたとき、ストック市場の攻略にまだ手足が充分に動いていないのでは、と感じることが多い。組織を見ても、ストック部門の新技術開発、優秀な人材配置などまだまだフロー部門に較べて見劣りというか、力が入っていない。いまや6000万戸を超える住宅ストックは住宅業界が関わり、建てたものだ。この積み上げた住宅ストックをそのまま放置しておくのはあまりにもったいない。モノとしての住宅というだけではなく、生活者の個人情報を基本、抑えているのが住宅事業者だ。世帯構成の成長、変化も推察できるだろう。こんな貴重なデータを持つところはそうザラにない。一昔前、地域密着の“出入りの大工さん”が近所にいた。日頃から棟梁が顔を出し、ちょっとした不具合などもみてくれた。地域の事情にも明かるい。いま、空き家が社会問題化しているが、自ら建てた住宅に出入りしていれば、空き家化を防げたかもしれない。売買や利活用の道だってあっただろう。
作家の平野啓一郎氏がメディア対象の講演で実に興味深い話をしていた。「社会が“のび太くん化”している」と言うのだ。のび太くんはいうまでもなく漫画ドラえもんの登場人物だが、何しろ面倒くさがり屋だ。ちょっとしたことでもドラえもんに頼む。「こういうのが欲しい」と言うと、ドラえもんが四次元ポケットから便利な道具を出して解決してくれる。“のび太くん化”とは、面倒なことはどんどん他人にまかせる、つまり外部サービスに依存していくという構図だ。そして、この面倒解決のサービスはビジネスとして際限なくふえつづけていく。そう、“のび太くん化”社会はニューサービス業を輩出させる巨大なマーケットになるのだと思う。
住生活のデザインをプロデュース
この面倒解決サービス業への進出にもっとも近い距離にいるのが、住宅産業だろう。なにしろ住宅ストックを抑さえ、生活者データをも把握しているのだ。住生活基本法がつくられ、“生活”というソフト指向が打ち出されてから20年近く。いま本腰を入れて住生活産業として住生活に面と向き合っていいように思う。つまり、“住生活サービス産業”への展開であり、さらに言うなら住生活産業界から生まれる住生活デザインプロデューサーとしての活躍だ。
かつて80年代、ホームオートメーション(HA)の言葉が流行した。とくに主婦たちの家事労働を短縮、省力化する手段としての自動化だった。その役割を“サシスセソ”の軽減と呼ぶ声も出た、サ=裁縫、シ=食事・しつけ、ス=炊事、セ=洗濯、ソ=掃除というわけだ。永年にわたり主婦に課された義務的観念からの脱却だ。女性の社会進出や自己投資の価値が重視されるなかHAはまさに朗報、いや救世主となった。現に、この流れは今も途切れることなく、IT、DX、AIなどの駆使で、HAは高度化しそれに伴いよりブラッシュアップしたかたちで多彩な家事サービス業が台頭、成長してきている。ハウスクリーニング、クリーニング、惣菜宅配、ケータリング、ベビーシッター等々がそうだ。しかも、外部サービスのレベルは高い。換気扇や壁装、風呂場など素人では難しい掃除もプロとして完璧にこなしてくれる。食事にしても、家族の好き嫌いや味覚のちがい、成人病を防ぐ栄養コントロールや高齢者用など、要望に合った多品種、少量の調達が可能だ。と同時に、そこで創出された時間は、封印してきた自らの趣味や啓発への時間に充てられる。いまや生成AIの活用も含めたデジタル社会、家に居て好きなことの学び直しもできるし、食事も宅配を利用する一方で和、中華、フレンチ、イタリアンなど専門料理の腕を磨き、賓客やホームパーティーなどで披露することも。魯山人よろしく陶芸にも挑戦し、手づくりの器に手づくりの料理が盛られる。プロ級の腕前からはやがてビジネスの道も拓けそうだ。
そう。面倒なことの外部サービス化が進む一方で、新たな暮らしの豊かさ、楽しさ、快適さを演出、手助けする住生活デザインプロデューサーなる存在も誕生してくるように思う。そしてその中心的な役割を担うのが住宅産業界であっていい。その住宅をつくった当事者としてハードとしての住まいはもとより、ファイルされた住まい手の情報から暮らし提案ができるだろうし、信頼が高まれば悩みごとや何気ない相談を受けることもあろう。ここでは既存住宅売買やリフォームなどはある意味、二の次だ。ライフスタイル相談が主力になる。住宅建築を手がけていれば金融、税制の知識もある。資産運用のアドバイスができるだろう。また、地域事情の明かるさは、美味しいレストランをはじめ評判のクリニックや美容室、ネイルサロンなどの情報も耳打ちできる。趣味がプロ級となり、店をやりたい、との相談を受けることも。さらに住宅という広範囲な事業の分野で培った人脈ネットワークは様々な場面でモノをいう。人材紹介はサービス産業の究極的な姿のようにも思える。生活者のさまざまな要望や希望を汲みとり、生活をデザインする手助けをしていく。住生活産業の新たな姿がそこにあると言っていいように思う。
社会の“のび太くん”化が進めば進むほど新たなサービスが求められ、ビジネス化されていく。ストック社会のもと家電、通信、アパレルなど“ヨソの力”との企業連携も含めて音楽、絵画、文学など多彩な能力を持つ人材が集結する住生活産業のさらなる高みを見てみたい―。
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