2024.8.28

独自開発の技術を武器に 地域の工務店・中小ゼネコンと共に16兆円の非木造建築市場に挑む

AQ Group 宮沢 俊哉 代表取締役社長

 

AQ Groupは、主宰する日本最大の工務店ネットワーク「JAHBnet(ジャーブネット)」を2023年末に解散し、24年春から新たに木造建築普及のためのネットワーク「フォレストビルダーズ」を立ち上げた。その新たな取り組みの狙いや想いを同社の宮沢俊哉社長に聞いた。

大工だからできた現場目線の工業化

─1994年から独自の住宅建設合理化ノウハウを体系化した「アキュラシステム」を全国の工務店に供給し、ネットワーク化したジャーブネットが役目を終えました。これまでジャーブネットが果たしてきた役割についてお聞かせ下さい。

AQ Group 宮沢 俊哉 代表取締役社長

生い立ちの話からになりますが、私は三代続く大工の家系です。祖父は東京・阿佐ヶ谷で、父は母方の実家がある山梨県で工務店を営んでいました。

私は15歳で大工の道に入ったのですが、その後に祖父も父も廃業してしまいました。「工務店はもう存在価値がない」、「木造軸組工法の時代ではない」と感じる日々が続きました。当時は鉄骨造や鉄筋コンクリート造、プレハブが主流となろうとしていた時代でしたから。78年に独立してからは、大手企業の下請けも経験しました。こうした経験の中で、工務店の存在意義を訴えたいという想いが募っていきました。加えて、大手企業の仕事をする中で、住宅価格に対して「もっと安く、良いものを提供できるのではないか」とも考えるようになったのです。

そこから木造軸組工法に立ち返り、性能を担保しながら価格を安くすることにチャレンジしました。その挑戦を形にしたものこそが自由設計でありながら、合理化できる方法、アキュラシステムです。例えば、押し入れは当時、まず前框、後框を木組みの技で作り、厚さの違うベニヤ板を貼って、と手間がかかっていました。それを建具屋に作らせ、「置いておしまい」という手法に変更していったのです。ある意味では、現場を知っているからこそできる木造住宅の工業化に挑戦したのです。

―苦労して開発したアキュラシステムをどうして他の工務店とも共有しようと思われたのでしょうか。

当時は60、70棟しか供給していなかったのですが、アキュラシステムを確立すると、すぐに100棟を超えるようになりました。供給棟数が増えてくると、当然ながら業務量も増えていきます。従来のやり方では、一定の棟数を超えると、どうしても業務負荷の増大によって効率が低下していき、結果的には成長にブレーキがかかってしまうのです。

こうした課題を解消するために、アキュラホームでは、見積りの標準化を実現しました。当時、1棟あたり、4、5回も積算作業を行っていました。これではいつまでたっても効率化はできない。そう考え、見積りを標準化したのです。

材料や施工費の単価を徹底的に洗い出していき、適切な利益を確保しながら、簡単に見積りを算出できるシステムを構築することに成功したのです。これによって業務の効率化だけでなく、より安く、より良い住宅を提供できるようにもなりました。

当時、多くの工務店が、技術はあるが、経営の仕方が分からないという状況でした。そこで、アキュラシステムを他の工務店の方々とも共有し、もう一度、工務店の存在意義を訴求していこう─。そういう想いからジャーブネットをスタートさせたのです。

1社でやれることには限界があります。連携できる工務店の方々と一緒に成長にしていくことで、再び在来木造を盛り上げていきたいという想いが強かったですね。

建築のプロとして価格との勝負を避けてはならない

―適切な住宅価格という点では、東京都が行った東村山市でのプロジェクトは住宅業界に一石を投じましたが。

当時の都知事だった石原慎太郎さんの「東京の住宅は狭くて高すぎる。3割は安くできる」という発言をきっかけに、東京都が実施したのが「東村山本町地区プロジェクトむさしのiタウン四季の街」でした。このプロジェクトでは、東京都が公募で選定した民間企業が住宅の本体価格を標準的なものよりも3割程度に引き下げる実証実験を実施しました。

当社もこのプロジェクトに参画し、住宅価格の3割低減にチャレンジしました。正直に言うと、もう無我夢中でした。住宅を適正価格で供給することを訴えてきたわけですが、もしも実現できなければ、みんなから後ろ指さされて、「嘘つき」と言われたかもしれません(笑)。「どうせ後でオプションを付けて高くするのだろう」という声も聞こえてきましたから、なんとしても成功させるという強い意気込みで取り組みました。

―現在、住宅価格が高騰しています。今こそ価格について議論すべきだと思うのですが、今の住宅価格をどう考えていますか。

同感です。今の状況が続くようであれば、消費者がかわいそうです。様々な価格高騰に便乗して、住宅の価格も上げているという印象さえあります。

日本の賃金は安すぎるので、賃金を上げていくことは必要です。当社でも今期の夏季賞与を平均33%増やすといった取り組みを実践しています。しかし、賃金水準を上昇させていくことと、何から何まで値上げすることは別の話ではないでしょうか。

誰もが安くていい服を買いたいし、安くて美味しいものを食べたい。それなのに、住宅だけは安い=粗悪という認識がいまだにある。「一生ものだからお金をかけて当たり前」と言われ続けています。

お金をかければいいものは誰でもできるかもしれない。しかし、我々は建築のプロとして、お客さまの手の届く価格で、より良い住宅を提供していくことを追求すべきではないでしょうか。価格と勝負することをずっと自分に課していますし、社員にも言い続けています。

4号特例の縮小は木造建築を解放する

―価格の問題ともに、最近の住宅業界で心配なことは、売る技術ばかりが注目され、作る技術が少し蔑ろになっていないかということです。この点について、どうお考えですか。

少し生意気なことを言わせてもらうと、営業、宣伝によって受注を増やしていこうという風潮がありますが、住宅・建築業界は「まず技術ありき」と考えるべきだと思っています。

私のような大工出身者がトップを務めていることが変わっていると見られがちです。実は変わっているのではなく、これが本来王道じゃないでしょうか。

ただし、技術ばかりを追求し過ぎて、経営の部分が蔑ろになってもいけない。それこそが以前の工務店の姿だったわけですから。

技術の部分で言うと、2025年4月からの4号特例の縮小は、木造建築にとって大きなチャンスになるはずです。木造建築にある種の「解放」をもたらすと思っています。

例えば、これまでは耐力に優れた壁を開発しても、建築基準法上では5倍耐力壁までしか認められなかった。この上限を撤廃できるルートも設けられるので、自由度は飛躍的に向上するでしょう。

技術開発次第では、これまで実現できなかったような豊かな建築空間を作り上げることが可能になります。

4号建築の特例があったおかげで構造計算を行う必要が無かったわけですから、今回の改正を後ろ向きに捉える工務店もいるかもしれません。当社でも今年4月以降のご契約分から全棟で構造計算(許容応力度計算)を行うようにしましたが、それだけコストも労力も増えます。

しかし、その一方ではこの許容応力度計算を行うことにとって、建築の可能性は間違いなく広がっていきます。当社では、埼玉県上尾市に敷地1万5000㎡を超える木造建築技術研究所を開設しました。ここに建設した構造実験棟は、住宅用の一般流通材を使用し、最小限の部材で構成された合理的な木造トラスで、512㎡の無柱空間を実現しています。この実験棟の建築費は坪40万円以下です。

技術次第で今までになかったような建築空間を木造で実現できる。しかも、それほど大きなコストをかけることなく。そのことを証明している建築物だと自負しています。

目指すは普及型の純木造
可能性を広げるAQダイナミック構法

―その考え方は本社ビルにも反映されているようですね。

建築物の木造化の波はより顕著なものになっています。高層建築物の木造化に関するプロジェクトが次々と発表されています。その流れ自体は歓迎すべきことだと思います。ただ、当社が目指しているのは、普及型の純木造建築です。

住宅用の一般流通材を使い、特殊な金物なども使用することなく、あくまでも住宅建築の延長線上に非住宅建築を捉えています。なおかつ普及型とするためにコストにも配慮していきます。

こうした想いを形にしたものが、埼玉県さいたま市に建設したAQ Groupの本社ビルです。8階建ての純木造建築で坪単価は145万円に抑えています。

基本構造は住宅でも使用するプレカット材を使用した木造軸組工法です。住宅用の構造材3本を組み合わせた柱や梁、さらには組子構造の高耐力組子格子耐力壁などを用いて、開放的な空間を形にしています。また、可能な限り構造材などを現しで使用することで、木造感を演出することにも成功しています。

―住宅だけでなく、非住宅の建築物も含めた技術開発を礎に生まれたものが、AQダイナミック構法というわけですね。

東京大学名誉教授の稲山(正弘)先生のご指導を仰ぎながら、木造建築に関する様々な技術を検証してきました。

例えば、20年以上前から屋根構面の勉強をしてきました。京都御所のような伝統的な社寺建築の多くは、木造でありながら大空間を実現しています。しかし、四隅には柱しかない。現在の建築で求められる耐力壁などが無い場合が多いのです。昔はできたのに、なぜ、今はできないのか―。そう考え研究を始めたのです。

屋根構面だけでなく、木造建築に関する様々な研究を進める中で、多くの気付きや発見を得ることができました。数えきれないほどの実証実験も行いました。お金も沢山使いましたね(笑)。稲山先生にも感謝しきれない程のご協力を頂きました。

こうしたこれまでの研究成果を集約したのものが、木造軸組工法をベースとしたオリジナル構法で戸建てや3階建てまでの中大規模木造建築の「AQダイナミック構法」と、4階建て以上の「きのみ構法」です。構想段階から実現するまでに20年以上を費やしました。

壁倍率15倍を誇る「8トン壁」などを活用することで、耐震性能などを向上しながらも、これまででは考えられない大空間を実現します。構造計算を行うことで、設計の自由度も飛躍的に広がります。

また、住宅だけでなく、非住宅にも活用できます。そのことは、当社の本社ビルや木造建築技術研究所で証明済みです。

AQダイナミック構法を活用すれば、木造建築であれば、住宅、非住宅の線引きはなくなります。言い換えると、住宅であろうが、非住宅であろうが、木造建築であれば対応できる。そうした事業形態を実現するものが、AQダイナミック構法ときのみ構法なのです。

フォレストビルダーズで木造都市を再構築する

―かつてジャーブネットを他の工務店と共有したように、新たなネットワークを構築するようですが。

それぞれの地域の活躍する工務店や中小ゼネコンの方々と共に、建築物を木造化していく―。その想いから、「フォレストビルダーズ」という組織をスタートさせました。

1923年の関東大震災や1959年の伊勢湾台風などを経て、木造建築は〝悪者〟になりました。当時の木造建築の被害を考えれば、致し方ない部分もあったかとは思います。その後、とくに都市部ではコンクリートの構造物が主役になっていくわけです。

本社ビルの内観。組子構造の高耐力組子格子耐力壁が特徴で、開放的な空間を実現している

しかし、木造建築に関する技術は進化を遂げました。脱炭素化社会の実現に向けて、ウッドチェンジの動きも加速しています。今こそ、地域の工務店や中小ゼネコンの手で、かつての日本のように木造都市を再構築していくべきなのです。

現状では、非住宅建築物の多くは大手ゼネコンなどが担っています。これが木造になってくると、工務店や中小ゼネコンの出番が訪れるはずです。

また、これまで通り木造住宅の供給も地域の工務店が担っていくことになるでしょう。大手ハウスメーカーなどは、事業の軸足を海外事業などに移行しようとしていますから。

フォレストビルダーズでは、賃貸・店舗併用を含む3階建てまでの戸建木造建築を手掛ける方々を「AQビルダー」として位置付けます。主には住宅事業を中心に展開している工務店の方々が対象になることを想定しています。技術的な支援だけでなく、構造計算などについてもバックアップしていく方針です。

一方で4階建て以上の中大規模木造建築を手掛けようという事業者の方々についても、「AQフォレスト」とし、加盟を呼びかけていきます。地域のゼネコンの方々などを想定していますが、3階建てまでを手掛けていた工務店の方々などが、フォレストビルダーズを通じて木造建築について学び、事業領域を拡大するためにAQフォレストを目指すことも十分にあり得ます。

アキュラホーム(FC含む)、AQビルダーとAQフォレストも合わせた総称がフォレストビルダーズです。

日本の年間の着工建築物全体における木造化率は45・5%に留まっています。我々の試算によると、5階建て以下の建築物の全てを木造化していくことで、約16兆円の市場が誕生します。この16兆円の市場を開拓していくために、フォレストビルダーズ全体で協働していくつもりです。

―今後も木造建築に関するさらなる技術開発を進めていくお考えですか。

木造建築を進化させる技術開発については、まだまだ序の口だと思っています。これから実験を行い、開発したいものが数多くあります。

繰り返しになりますが、住宅・建築業界は、技術を前提とすべき業界です。加えて、4号特例の縮小などによって、木造建築の技術的な可能性は広がろうとしているのです。その意味では、今後に対する期待感は高まる一方です。

(聞き手 中山紀文、高場泉穂)