2024.4.25

スギの無垢板が剣士を守る 剣道場専用の床を商品化

利用期を迎える国産材を活用して林業の成長産業化に導くにはどのような取り組みが求められているのか。林材ライターの赤堀楠雄氏が地域で芽生える国産材活用の事例をルポする。

専用の床でなければ危険

無垢材のフローリングを専門に扱う五感(東京・新木場、前田英樹社長)が10年ほど前に開発した剣道場専用のスギ製の床板が愛好家たちの間で好評だ。

自身も剣道の有段者(五段)である前田社長によると、剣道場の床には、稽古も試合も素足で行う剣道という武道に適した特性が求められる。具体的には、なめらかな足さばきを可能にする滑りの良さ、打突時の強烈な踏み込みを可能にする吸い付き、その際の衝撃に耐える強さ、衝撃を吸収する弾力性などを備えていることが必要だ。

ところが、そうした剣道の専門性にそぐわない環境下で稽古や試合が行われるケースが少なからずある。そのため、剣士たちは、思うような足さばきや踏み込みができないだけでなく、ケガや故障の危険にもさらされている。

前田社長(左)と大工の上野氏。揃いのジャンパーは「剣道場床建築工房」としてのユニフォーム

例えば、一般的な体育館の床は同じ木製とはいえ、素足ではなく専用のシューズを履いて利用することが前提で、グリップが利くように滑り止め効果のあるワックスなどの塗料で仕上げられている。ボールの跳ね返りを良くするために材質も堅めだ。

滑りが悪ければ足さばきは重くなり、素足では摩擦熱で火傷を負う恐れもある。無理なグリップでかかる負荷も大きい。堅い床で思い切り踏み込めば踵を傷めかねない。軽傷では済まず、骨折やアキレス腱断裂といった大ケガをする危険もあるのだと、前田社長は説く。

剣士のニーズを満たす床を実現

実は前田社長自身、幼少期から剣道に親しむ中でケガには悩まされてきた。ところが、ある時、本格的な剣道場で稽古する機会があり、床の違いで体への負荷が大きく異なることに気づいた。フローリング専門業者であり、一剣士でもある立場から前田社長は剣道場専用の床の開発に着手。古くからある剣道場の床を調べ、その特性を再現した床板の商品化に成功した。

高樹齢のスギ無垢板を利用した剣道場専用床。なめらかな足さばきと強烈な踏み込みを可能にする
施工風景。専用ビスで大引に留め付ける

開発した床板は厚さ30㎜、幅150㎜のスギ無垢材。原料のスギは紀州産の樹齢80年以上の高齢級材で、赤身勝ちの部分を使う。材面の等級は上小節以上で、超仕上げ(機械カンナがけ)を施し、塗装は行わない。「サンダーやプレーナーで仕上げるのではざらつきが残り、踏ん張りが利かないんです」と前田社長は説明する。厚みが減り、強度低下につながりかねない実加工やしゃくり加工は施さない。含水率は12%以下。

下地は基礎コンクリートの上にオリジナルのゴムクッションを置き、その上にヒノキ90㎜角の大引を載せる仕様。大引にスギ板を専用ビスで脳天打ちし、ビスの頭を床材と同じスギ製のダボで塞いで仕上げる。隣り合う板の取り合いにはパッキンをかませ、わずかな目透かしを入れている。パッキンは季節ごとに厚みを変更している。

すべりがよく、適度な吸い付きもあるカンナ掛け仕上げとしていること、スギ材特有の柔らかさに加え、ゴムクッションで弾性を確保していること、板厚を踏みごたえのある30㎜としていること、強度の高いビスを使用し、激しい衝撃に耐えられるようにしていることなどから、剣士がなめらかな足さばきで動き回り、思い切り踏み込むことができる剣道場専用の床が出来上がった。床板、大引、ゴムクッションを含め、「弾性剣道場床システム」としてPCT国際特許を取得している。

納品先は教育機関や民間の道場、警察関係などのほか、個人が自身の稽古用に道場をしつらえたケースもある。海外への納入実績もある。前田社長によると、ユーザーの評判は上々で、年間5~6件ほどの注文に対応しているという。

取扱品目は1000種類以上

五感は大阪の材木屋の三男に生まれた前田氏が2008年に創業した無垢フローリングの専門業者。内外産の木材を原料としたアイテム数は1000種類以上にも及び、東京・新木場の事務所には実物の足触りや踏みごたえを体感できるショールームを併設している。

剣道場専用の床板は品質を確保するために材工込みで受注しており、板材のみの販売は行わない。工事は内装仕上げ施工(木質系床仕上げ工事作業)1級を取得した大工が毎回担当している。

なお、剣道の試合や稽古では、剣士が発する気合が道場内に鋭く響き渡る。強烈な踏み込みで床を鳴らす音も轟く。ところが、それに適した音環境を確保しようという配慮がなされないケースが少なくないのだと前田社長は嘆く。壁や天井に適度な吸音効果を持たせたり、音を逃がしたりできる仕様にしなければ残響がはなはだしく、剣士にストレスをかけてしまう。

「そういうことは剣道をやっている人でなければわかりません。床のことだけじゃなく、トータルで相談してもらえれば、いい道場になるよう協力させていただきます」と前田社長は話している。