月面での無人建設技術開発を加速
防災力強化や生産性向上など地上の技術高度化に期待
「宇宙無人建設革新技術開発推進事業」の技術研究開発(継続・移行分)の本年度での実施対象10件を決定した。技術開発を通じて、地上の建設技術の高度化にもつなげる。
「宇宙無人建設革新技術開発推進事業」は「宇宙開発利用加速化プログラム」(スターダストプログラム)の一環として、昨年7月に決定された事業。学識者や研究者、行政による「無人建設革新技術開発推進協議会」が設置され、宇宙・地上の無人建設技術開発の方向性を示した。無人化施工技術の開発を加速するためには、月面と地上のノウハウを結集することが必要だとし、優先的に開発すべき技術・水準を明確化。昨年の1億2000万円から大幅に増額した3億9000万円の予算の集中投資を決めた。その際、無人化施工技術に係る各種技術の水準、達成見込みを正確に見極めるために、実験室、試験室、建設現場での実証実験も計画に組み込み、2025年に実証・実用化、2030年に無人拠点建設、2035年には有人常時滞在を目標に掲げた。
宇宙利用探査において、世界に先駆けて月面拠点の建設を進めるためには、遠隔あるいは無人化施工などの自動建設技術が重要な要素になる。一方で、人口減少や近年頻発する大型災害への対応、国土の強靭化など地上建設の課題解決を図るには、無人化施工技術のさらなる向上と現場への普及が課題。日本は災害大国であるため、無人化施工技術において国際的に強みを持つ。国土交通省は、これを月面拠点建設に適用できるよう技術開発を推進していく考えで、地上建設事業への波及も狙う。
3つの分類で技術開発
膜構造の居住モジュール、月資源の建材開発など
今回実施対象として決定したのは計10件。「無人建設(自動化・遠隔化)に係る技術」6件、「建材製造に係る技術」2件、「簡易施設建設に係る技術」2件だ。応募総数16件の中から協議会によって選抜された。実施ステージとして、「実現可能性の検証段階(F/S)」と「技術研究開発段階(R&D)」という2つの段階にあり、昨年度実施のF/S継続が1件、R&Dが2件、昨年度のF/SからR&Dに移行したものが7件となっている。
例えば、鹿島建設が実施主体となり、宇宙航空研究開発機構、芝浦工業大学と共同で行っている技術開発が、R&D段階(継続)の「建設環境に適応する自律遠隔施工技術の開発-次世代施工システムの宇宙適用」だ。地上と月面では重力や土質条件など、環境に大きな違いがある。そのため、同社らは月面仮想環境下での自律遠隔施工の模擬試験による課題検討、実証実験に重きを置いている。
具体的には、地上での模擬試験を実施し、測位インフラのない環境の施工、通信遅延下の掘削機の遠隔操作、複数台掘削機の連携など、月面で予想される施工条件や課題を検討。それを基に、仮想空間上で再現可能なシミュレーション・プラットフォームを開発する。そして、このプラットフォームを月面施工用に拡張することで、月面での大規模施工シミュレーションを図り、将来的には月面施工デジタルツインの構築を目指す。こうして得られた成果は、地上の自立自動化施工システムにも活用していく方針だ。
清水建設も太陽工業、東京理科大学と共同で技術開発に取り組んでいる。「月面インフレータブル居住モジュールの地上実証モデル構築」の名称でR&D段階(移行)の研究を行っており、月面滞在時に使用する居住モジュールの開発を進めている。
月面へはロケットで移動するため、持っていけるモノの重量やサイズは限られている。そこで、膜構造を用いた折り畳み式モジュールの開発に着手する。昨年度のF/S段階で明らかになった課題を基に、高強度膜材などを組み合わせて、内部で人が生活できる環境を構築するとともに、高真空、昼夜の厳しい寒暖差などの過酷な外部環境に耐え得る膜構造、状態把握や形状制御のための自律分散型モニタリング・制御システム、展開時の動きや構造強度を把握するための解析モデルの開発を行う。また、折り畳み式にすることで、一度の運搬でより多くのモジュールを輸送することもでき、輸送コストの削減にもつながる。
さらに、「月資源を用いた拠点基地建設材料の製造と施工方法の技術開発」と称したR&D段階(移行)の技術開発も大林組、名古屋工業大学、レーザー技術総合研究所が共同で行っている。月探査活動には拠点基地の建設が不可欠だが、そのための建材を地球からロケットで運搬するには莫大なコストがかかる。このコストを削減するため、現地で建材の加工・製造を目指す。
惑星や衛星の表面には、レゴリスと呼ばれる岩石由来の粒子やかけら、微小天体の衝突によって生成されたガラス片、粉末(ダスト)等がゆるく堆積しているが、月のレゴリスは地球のものに比べてガラスを多く含み、有機物や粘土等を含まないなどの特徴がある。これを原料に、太陽光発電などをエネルギー源として、マイクロ波やレーザーなどで加熱。燃成物を月面で生成し、運搬路の舗装材料、月離着陸機の離発着場の舗装材料、居住施設防護層など建材として利用する技術の確立を目指す。
ほかにも、月面での災害対応技術や3Dプリンタを活用した高強度梁作成など、各企業や団体、研究機関が様々な技術開発に着手している。
新規技術研究開発を新たに公募
地上建設技術のさらなる向上に寄与
こうした中、国土交通省は同事業内で、新たにF/S段階での新規技術研究開発を公募すると発表。公募期間は6月23日(木)~7月14日(木)となっており、建設事業で基盤技術としての確立を目指すことから、既存の技術水準、ならびに開発見込みについて、施工現場や試験場、デジタルシミュレーションによる実証を優先的に行うものを対象にしている。「地球から月面、そして再び地球へ技術のフィードバックを図っていく。色々な事業者にぜひ、参画していただきたい」(国土交通省)。
遠隔および無人施工技術が完全に確立すれば、施工現場の人手不足や安全問題の解消、脱炭素の加速など地上建設にも大きなメリットが期待できる。宇宙建設技術の進歩は、様々な面で住宅業界に革命を起こす起爆剤になるかもしれない。
無人建設革新技術開発推進協議会の委員(2022年6月22日時点)
学識者 | 慶應義塾大学 理工学部機械工学科 准教授 石上玄也氏 |
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 准教授 諸田智克氏 | |
慶應義塾大学 理工学部 教授 松尾亜紀子氏 | |
研究者 | 土木研究所 技術推進本部 上席研究員 山口崇氏 |
宇宙航空研究開発機構 国際宇宙探査センター事業推進室長 永井直樹氏 | |
宇宙航空研究開発機構 宇宙探査イノベーションハブ 副ハブ長 坂下哲也氏 | |
行政 | 国土交通省 大臣官房技術調査課長 森戸義貴氏 |
国土交通省 総合政策局公共事業企画調整課長 岩見吉輝氏 | |
文部科学省 研究開発局 宇宙開発利用課 宇宙利用推進室長 国分政秀氏 | |
内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 企画官 笠間太介氏 |
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