2022.3.23

〈住まいをシロアリから守る〉住宅の劣化リスクと耐久性

生物劣化のリスクは常に住宅の周囲に潜んでいる

京都大学大学院農学研究科 教授
藤井義久氏

住宅に使われる材料は、どのようなものでも劣化します。劣化には、変色・褪色、表面性状の変化や汚損など、時に「風化」や「老化」などとも呼ばれる経年変化も含まれます。しかし、劣化の「劣」の字が「力が少なくなる」と読めるように、住宅にあっては主たる構造部分の強度や耐震性能などの低下をもたらす劣化が重要です。特に木造住宅にあっては、腐朽や蟻害などの生物による木部の劣化対策は重要です。

木造住宅の耐久性や劣化を決定する要因は5つあります。設計、材料および施工といった建築時に工夫できる3つの要因のほかに、作り手も住まい手も制御できない環境要因、そして住まい手が担う維持管理です。環境要因には地域の気候(温湿度、降雨・降雪・積雪、風、日照や紫外線など)、植物相や動物相などのマクロな要因のほか、住宅地とその周辺の自然環境、近隣・隣接の住宅の状況などの人工的な環境など、ミクロな要因も関わってきます。住宅建築の際には、データや経験に基づいてこれらの環境要因を考慮しながら、設計され、耐久性を確保するための材料選択や仕様指定がなされ、それに基づいて施工されます。

生物劣化に対する対策には、蟻害対策と腐朽対策に共通する対策もありますし、別個に検討する対策もあります。両者に共通し、また金属部分の腐食にも共通するのが「水分」対策です。木材を腐朽させる菌類の活動は、木部が濡れ続けると活性化します。また金属部分の腐食も水分で進みます。いわゆる「雨仕舞」や「水仕舞」といわれる工夫が非常に重要です。木部については、「濡れない」設計が基本といえます。あえていうなら濡れてもすぐに乾燥するような工夫が重要でもあります。

住宅構造の劣化リスクとなる水分には、雨漏りによる水分、結露水分、床下土壌からの水分、設備からの漏水の4つがあります。近年の住宅では、外壁通気工法やそれに用いられる防水材料の普及、屋根葺き材、金物や外壁材の性能向上によりいわゆる外皮部分からの雨水の浸潤のリスクは相当低減したといえます。しかし、外壁などの温湿度境界となる構造体内における結露の対策も相当進化しましたが、前述のミクロやマクロの環境要因や断熱性能の確保策とのバランスでまだ技術的な課題が残っているようです。

足元部分が生物劣化リスクが高い

一方、床下空間に目を向けると、色々な課題が見えてきます。日本に生息する主要なシロアリであるイエシロアリやヤマトシロアリは、土壌性のシロアリで、床下の土壌から蟻道を構築しながら、布基礎や床束をはい上がり、土台、大引き、根太などの床組みをまず食害し始めます。床下土壌が湿潤である、また水回りなどで設備からの漏水があると、シロアリには好適な環境になりやすく、また水分による菌害のリスクも高まります。住宅の耐震性の確保上で重要な足元部分が、最も生物劣化リスクの高い領域になっていると言えます。

近年では、土壌現しの床下は減り、コンクリートを打設するケースが増え、シロアリのはい上がりのリスクは激減したと言えます。しかし、コンクリートの打設といっても、布基礎を立ち上げた後に無筋でコンクリートを打設する「土間コン」の場合は、打設後のコンクリートの乾燥収縮により、土間コンと布基礎の立上がり部分に隙間ができ、そこからシロアリがはい上がってきやすくなります。「配筋ベタ基礎」についても、スラブ打設と布基礎打設とを2回に分けて施工する場合には、打設の境界にシロアリ侵入の隙間が発生するリスクが残ります。スラブと布基礎を一体で打設する場合でも、水抜きの孔、セパレータ周りの隙間、配管周りの隙間には、シロアリのはい上がりのリスクが残っています。また後付けでコンクリートが打設される玄関周り、勝手口やバルコニーなども、隙間を介してシロアリの生息する土壌と構造とがつながってしまうリスクを抱えています。

床下土壌における鉄筋コンクリートの厚い層は、シロアリのはい上がりを阻止してくれますが、床下土壌中のシロアリが駆逐されるわけでなく、シロアリは土壌内を蟻道を構築しながら、餌になる木材を求めてさまよっています。コンクリートの打ち付けの継ぎ目に3mm程度の隙間や割れがあり、シロアリがそれに遭遇すれば簡単にはい上がってきます。蟻道が1本構築できれば、シロアリは住宅を食害し始めることができます。また床下が乾燥状態にあることで、生物劣化が起きにくくはなりますが、その効果はむしろ腐朽・カビなどの菌害に対してであり、シロアリ食害については、局所的に湿潤な状態があったり、蟻道が構築されてしまえば、床下が乾燥していても進行する可能性があります。

わかりにくくなってきたシロアリの食害

近年では、現場施工方式のタイル貼りの浴室は減りました。この種の浴室では、前述の土間コンの隙間からの土壌水分浸潤やシロアリのはい上がりが頻発し、シロアリ防除工事の重要な領域でした。現代ではユニットバスが普及し、浴室・浴槽・脱衣室の床下が閉鎖空間になることがなく、ドライな状態になりましたので、浴室周囲でのシロアリ食害は激減したといえます。しかし前述のように、床下土壌内のシロアリが死滅したわけではないので、どこか別の隙間や割れを伝ってはい上がってくるかもしれません。かつては浴室が蟻害の中心点となり、この領域での防除ができれば概ね蟻害が制御できたのですが、現代では相対的にシロアリ食害はわかりにくくなっているかもしれません。

また基礎の外貼り断熱工法で、布基礎の外側に断熱材を貼り付け、その足元を予堀の土で埋め戻し、断熱材表面を薄いモルタルで仕上げている事例があります。土壌からのシロアリは断熱材の内部や、断熱材と基礎の間を簡単にはい上がってきます。断熱材そのものはシロアリの餌にはなりませんが、シロアリは行動範囲を広げるために食害し、蟻道のネットワークを断熱材内に構築します。断熱材・断熱構造の内部は、シロアリにとって1年を通じて暖かく住みやすい環境になりますので、寒冷地域でもシロアリ食害が定着しつつあります。また防蟻剤を練り込んだ断熱材を用いていても、断熱材と基礎の間の隙間をはい上がってきます。外貼り断熱材の蟻害は、床下点検では発見・確認できませんので、知らない間に木造軸組の食害が進行しますので注意が必要です。

あらためて求められる定期的なメンテナンス

生物劣化に対する材料側の対策としては以下のように整理できます。腐朽については、耐久性の高い樹種や部位を用いる、防腐処理などによって木材を非栄養化する、といった手法が、蟻害については防蟻剤(駆除剤)によって木部を食害しようとするシロアリを駆除することが主要な手法となっています。薬剤の用い方としては、防腐剤や防蟻剤の加圧注入(工場処理)、現場での塗布や穿孔注入、防蟻剤については床下土壌への散布があります。これらはいわゆるケミカルバリアと呼ばれるもので、床下からはい上がろうとするシロアリに対して化学薬剤層によるバリア層を設ける手法です。近年では、環境や健康への配慮から、化学薬剤の使用を低減したり、これに依存しない手法として粒子や金属網を利用した物理バリアを用いる技術の研究開発も進んでおり、製品化されているものもあります。さらにシロアリの生態を利用して、遅効性の薬剤とシロアリを集める仕掛けとを組み合わせてシロアリのコロニー全体を駆除するベイト工法も定着化しつつあります。

これらの生物劣化対策は、常に進化しつつありますが、限界もあります。また化学薬剤がより安全なものになる一方で、効果の持続のために5年での再施工が標準となっています。またいかに優れた劣化対策技術が開発されても、耐久性確保のための5要因のうちの設計・材料・施工の3要因のように建築時にとれる要因対策だけでは、長期の耐久性は実現しにくいといえます。これに対応して、近年普及しつつある長期優良住宅では、品確法の劣化対策等級3+アルファの対策を施した上に、30年の維持保全計画の設定とその履行が求められています。すなわち点検・診断と補修を組み合わせた維持保全(維持管理)が、長期の耐久性確保に必要であると認識されています。本来生物劣化のリスクは常に住宅の周囲に潜んでいますので、定期的なメンテナンスが必要なことは自明なのですが、今後は改めてこの観点が重要になると思われます。

紙面の都合で、詳細は別の機会にゆずりますが、蟻害のうちでもアメリカカンザイシロアリの食害については、1960年代に国内での事例が報告されて以来、徐々にではありますが、着実に広がっており、決定的な解決手段はまだみえておらず、今後も注視する必要があると思われます。また、近年では外壁などに積極的に木材を現しで用いる事例が住宅・店舗や公共木造などで見受けられます。風雨、日射・紫外線による劣化に対する抵抗性能(耐候性)についても今後、さらに研究や開発が必要になると思われます。