近年、若者を中心に暮らしのなかに民藝を求める人が増えている。竹などで作られたかごやざるなどを街中でよく目にするようになったが、なぜ今、民藝を求める人が増えているのだろうか。哲学者でありながら、民藝の可能性を探る明治大学理工学部の鞍田崇准教授に話を聞いた。

鞍田崇

1994年、京都大学文学部哲学科卒業、2001年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。日本学術振興会特別研究員、総合地球環境学研究所特任准教授などを経て、2014年から現職。主な著書に、『民藝のインティマシー「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版会)、『「生活工芸」の時代』(共著、新潮社)、『道具の足跡-生活工芸の地図をひろげて』(共著、アノニマ・スタジオ)などがある

――近年、“民藝”という言葉を頻繁に耳にするようになりました。そもそも、“民藝”とはどのようなものなのでしょうか。

“民藝”と聞くと多くの人が無骨で粗野な、場合によっては素人が作ったような風合いの食器・道具などの工芸品、つまり“モノ”を想像するのではないでしょうか。近年、民藝は食器や道具などのモノとして捉えられることが多いですが、元々は思想家の柳宗悦氏(1889-1961)や陶芸家の濱田庄司氏(1984-1978年)らによって1925年に作られた概念です。

もちろん、モノを指す場合もありますし、最終的には食器や道具といったモノにアウトプットされていくわけですが、決してそれだけではありません。モノを生み出すまでの暮らしや、そのモノを使う暮らし、モノを使うための空間など、生活文化全般を表します。モノだけでなく、自分にとって心地よい空間を構成するための欠かせないピースの一つと私は考えています。

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