現代大工の実像が照らす 人手不足を克服するための道筋とは
建設ジュニアマスター 芝田誠さんに聞く
昨年10月、ポラスハウジング協同組合に所属する芝田誠さんが、『青年優秀施工者土地・建設産業局長顕彰(建設ジュニアマスター)』を受賞した。芝田さんは、現在39歳。大工という職業への想い入れも強い。大工不足が深刻化するなかで、住宅業界は、今、何をすべきなのか―。芝田さんが歩んできた道筋や大工への想いに耳を傾けることで、その問いかけの答えを探るヒントを得られるのではないだろうか。
大工の道へと留まらせた先輩や仲間の存在
「先輩や同期の仲間たちの存在がなかったら、もしかしたら途中で辞めたかもしれません」。芝田さんは、昔を懐かしみながら、そう語る。
芝田さんは高校では会計科で学んでいたが、なんとなく高校で学んだ分野以外の道を進みたいという想いがあったそうだ。そんな時に気になったのが、高校で見かけたポラスグループの求人だった。通学の途中で駅の看板などで目にしたことがある社名。詳しく求人の内容を見ていくと、建築従事者の募集で、なおかつ訓練校で給料をもらいながら学べるという。
大工という職業に特別な想いがあったわけではなかったが、漠然としたモノづくりへの憧れはあった。そこで、ポラスグループの求人に応募することを決意。芝田さんの大工人生のはじまりである。
2019年7月に創業50周年をむかえたポラスグループでは、1969年創業以来、住宅産業発展のためのチャレンジをしてきた。1987年にはポラス建築技術訓練校を設立し、大工技能者の育成を続けてきた。
これらの長年の取組が評価され2014年には、「学働遊合」を実現し、若手大工職人を育成する取り組みとしてグッドデザイン賞受賞している。
ポラス建築技術訓練校のこれまでの卒業生は800名以上。住宅業界でも有数の職人育成の場となっている。2016年3月には社員大工、フレーマーが施工した木造の事務所棟と研修棟を新設、建築大工、多能工職人の育成に注力しているところだ。
ポラス建築技術訓練校では、1年間のプログラムで現場を経験しながら技能と知識を学ぶ。訓練生の間も給与が支給され、現場では先輩の指導のもと経験を積んでいく。芝田さんの頃は2年間をかけて訓練校で学んだという。
訓練校を卒業すると、ポラスハウジング協同組合の施工推進課に配属され、まずはフレーマーと呼ばれる構造躯体を組むチームで経験を積むことになる。
芝田さんと一緒に訓練校に入校した同期は25名。途中で訓練校を辞めてしまう同期もいた。芝田さんも一度だけ、「辞めよう」と思ったことがあったそうだ。その時、現場で指導を受けていた先輩から引き止められた。「俺と一緒に仕事をしている間だけでも残れ」。そう告げられた。その先輩とは今でも現場が一緒になることがある。「やっぱり学ぶことが多いですね。憧れの先輩です」(芝田さん)。
訓練校の寮に帰れば、同じ悩みを抱えた同期もいた。18歳、19歳と言えば、ただでさえ遊びたい時期。休みの日には一目散に同期の仲間たちで遊びに出かけた。
「やはり仲間達の存在も大きかったですね。仲間であり、ライバルでもあるので、一人っきりで学ぶよりも励みになりました」(芝田さん)。
一般的は大工の道を志す場合、徒弟制度のなかで学んでいくことになる。周りは先輩ばかり。同年代同士で悩みを共有し、「こいつには負けたくない」というライバル心を持つ機会は少ないかもしれない。結果として、一度は志した大工の道を諦めてしまう。そういう状況も、大工不足を加速させる要因になっているのではないだろうか。
セットアッパーから大工へ
ステップアップに向けた目標設定
ポラスハウジング協同組合に所属し、フレーマーを経験すると、次のステップであるセットアッパーを目指すことになる。セットアッパーとは、サッシや壁まわりなどの外側部分を施工する職種だ。セットアッパーを経験すると、いよいよ内部造作を行う大工へと昇格する。そこでやっと一人前の大工となるわけだ。フレーマーと大工の間にセットアッパーを経験することで、よりスムーズにステップアップのための階段を上れるようにした。
芝田さんはセットアッパーの2期生。2年間、フレーマーとしての経験を積んだ後にセットアッパーとなった。「徐々にフレーマーの仕事に慣れてきて、次を目指したいという気持ちが大きくなりました。次に目指すべき場所が分かっているので、自分の将来像がイメージしやすい。セットアッパーが新たに設けられたのは、自分にとっては良かったですね」(芝田さん)。
その後、訓練校を卒業して6年目で大工の見習いとなり、7年目で大工として独り立ちした芝田さん。ステップアップのためには、様々な条件があり、建築大工技能士の資格取得も求められる。芝田さんは、一級建築大工技能士のほかに、住宅省エネルギー施工技術者、第二種電気工事士の資格も保有している。
こうした資格を取得することで、社内の評価も高まる仕組みになっており、結果として技能や知識を深化させるモチベーションになっているようだ。
ポラスグループでは、現在、社外の協力事業者にも建築大工技能士の資格取得を奨励しており、取得のための講座なども行っているという。
さらに、評価や資格等の条件をクリアした大工に対して指名制度を導入。施主から指名を受けて施工を行う場合、特別手当を支給するようにしている。
国土交通省では、2019年4月に建設キャリアアップシステムの本格運用を開始した。このシステムを活用することで、建設現場を担う技能労働者が技能や経験に応じて適切な評価や処遇が受けられる環境を整備しようというのが狙いだ。
技能者の現場経験や保有資格を統一ルールのもとで蓄積し、それに応じた報酬が得らえるようにしていこうとしている。
キャリアアップを志向する技能者のモチベーションを維持し、“腕の良い職人”が社会的に評価される仕組みを構築することで、芝田さんのように着実にステップアップを図っていく大工が増えていくことが期待される。
師匠の姿にあこがれて
大工という仕事の楽しさを知る
順調に大工への階段を上り、建設ジュニアマスターにまで選ばれた芝田さんに、「もう辞めようと思ったことも多かったのでは」と質問してみた。即座に帰ってきた答えは、「訓練校の時の1度だけです」というものだった。
やればやるほど大工という職業にのめり込み、「今でも仕事が楽しい」と豪語する芝田さん。その腕は社内外の評判も高く、重要な物件などで指名されることも多い。
単に言われた通りに施工するのではなく、現場監督や施主とコミュニケーションをとりながら、大工ならではの提案も行っている。
ある物件では、施主が現場を見に来た時に、奥さんの姿を見て、キッチンカウンターが設計通りでは高すぎると考え、高さを低くすることを提案したという。ちょっとした納まりなどについても、大工としての知見を活かしながら、丁寧に施工していく。
「腕のよい大工が担当した建物はすぐに分かります。そうでない建物は、なんとなく違和感があるのです。住宅は完成から10年、20年と経ってくると、出来の違いが分かってきます。大工である以上、10年後、20年後でも完成時と同じ状態で使うことができるような建物に仕上げたい」(芝田さん)。
もともとモノづくりが好きだったというが、なぜ、これほどまでに自らの腕を研磨し、「仕事が楽しい」と思える大工になり得たのだろうか。
「現場で仕事をはじめた時、素直にカッコいいと思える先輩がいました。しっかりと現場で活躍し、昔話ばかりをするわけでもない。ただただ、よりよい建物にすることだけを考えながら仕事をする姿を見て、自分も将来、こうなりたいと感じました」(芝田さん)。
そんな芝田さんが師匠と仰ぐのが斎藤竹男さん。ポラスグループの工事を長年にわたり請け負うベテラン大工だ。70歳を超えても現役の大工として、若い大工のお手本的存在になっている。
その斎藤さんは、「どんなに難しい現場でも、木さえあればなんとかなります」と静かに語る。芝田さんは、斎藤さんに「端材などを捨てるな」と言われたそうだ。斎藤さんが端材を使って素人には分からないような細かな細工を施す姿を見て、素直に「凄い」と思ったそうだ。
プレカットが普及したことで、現場で木材を刻むことが減り、大工の腕を発揮する機会も減ったと言われる。しかし、芝田さんは「腕を見せる場所を自分で作れば、プレカットの建物であってもやるべきことは沢山ありますよ」と指摘する。もしかしたら、斎藤さんの教えが、こうした考えにつながっているのかもしれない。
斎藤さんもまた、「今でも仕事が一番楽しい」と豪語する。
「今まで多くの若い人たちを見てきました。こいつはダメだと思ったことは一度もありません。誰でもひとつは良い所がある。そこを伸ばしてあげればいい」(斎藤さん)。
人が育たたないのは、育てる人がいないから―。かつて、ある工務店の会長がこう語ったことを思い出した。今の住宅業界に本当に人を育ててようという想いがどのくらいあるだろうか。斎藤さんの言葉が胸に刺さる。
建設ジュニアマスターとなった芝田さん。現在、自宅を自ら施工中だ。自らが理想とする住宅の完成に向けて、休日返上で作業を行うことも多々あるそうだ。
その一方、ポラスハウジング協同組合では係長へ昇進、役職者として今後は後進の育成も期待されるだろう。かつて芝田さんが目指した先輩達のように、カッコいい背中を見せることになりそうだ。
野村総合研究所の試算によると、2015年に35万人だった大工は、2023年までに21万にまで減少する見込みだという。結果として、建設現場の生産性を約1.4倍にまで引き上げないと、約60万戸の需要でも対応できない懸念があるという。
人を育てるということは、一朝一夕にはできない。これまで何もやってこなかったツケが今の状況だという指摘もある。その一方で、芝田さんのように、大工という職業に想いを寄せ、日々、自らの腕を研磨し続ける大工も確かに存在している。今後、本気で人を育てていくのであれば、彼から多くのことを学ぶべきではないだろうか。
(中山紀文)
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