時代に遅れを取るGDP、求められる新経済指標
デジタル化で上がる生活満足度 GDPの3割を生み出す 野村総研が調査、提言
今や間違いなくデジタル社会に向かって世界は突っ走っているが、「デジタルの利活用が高い消費者ほど生活満足度が高い」と語るのは野村総合研究所未来創発センターの森健氏。森さんは「デジタル資本主義」を発刊するなど、デジタルエコノミーの研究、調査に取り組んでいるが、「GDPだけを追いかけ続けていても生活満足度は上がらない」とGDPの欠点を指摘する。「GDPは機転も勇気も計測しない。知恵や学び、共感、そして国への献身も計測しない。端的に言えば、人生を意義深くしてくれるものをGDPはなにも計測してくれないのだ」とのロバート・ケネデイの言葉さえも引用する。
当然、そこではGDPに代わるか、GDPにプラスするような 新たな経済指標が求められるわけだが、森さんはそこにデジタル時代ならではの指標を編み出す。日本のGDP成長率はほぼ1%で推移し、雇用所得もほぼ横ばい、日銀による日本の潜在成長率も中期的には低下傾向にあるなど、あまりぱっとした経済指標は出てこない。ところが、野村総研の調査によると、こうしたあまり芳しくない経済指標の中ではあるが、日本人の主観的な生活レベルは着実に向上しているというのだ。同社の「生活者1万人アンケート調査」(1997年〜2018年)によると、世間一般から見た自分の生活レベルに対する意識の推移をみると、「上/中の上」が1997年には9・6%だったのが2018年には20%に増え、「中の中」も53・8%から54.6%と増加し、逆に「中の下/下」が36・6%から25・3%に減っている。
さらに自分を「上/中の上」とする回答者を見ると、収入の多い人ほど生活レベルを高いと年齢を問わず認識するが、面白いのは、「スマホの利用頻度が高い人ほど[上/中の上]と回答するというのだ。「一時間に1回以上」「一日に1回以上」スマホを使う人は、男女、年齢を問わず、「それ以下、使わない」人に比べて大きな割合で、高い生活レベルを認識している。さらに、インターネット上のサイトで流行や売れ筋、専門家のコメントなどを調べる、インターネット上の商品・サービスなどの評価サイトやブログ、SNS などで利用者の評価について調べるなど、デジタル利活用度合いが高い人ほど、「上/中の上」の人が多く、生活満足度が高いという。つまり「経済指標は低迷していてもデジタルの利活用によって生活の満足度は上がっている」と森さんは結論づけるのだ。
ここにおいて森さんが新たに打ち出したのが、「消費者余剰」という概念だ。消費者余剰とは、消費者が最大支払ってもよいと考える価格と実際の取引価格の差分のことで、ある意味、買うとき安いと思った分だ。これに対して価格からコストを引いた企業の利潤が「生産者余剰」。そして「生産者余剰」はGDPに計測されるが、「消費者余剰」はGDP にはカウントされていない。ところが、デジタル化により、価格とコストが低下していき、消費者余剰は拡大を続けていく。例えば、EC(電子商取引)により中間マージンが削減されるし、音楽、動画などデジタルコンテンツの複製コストも低下するという具合だ。中でも、無料のデジタルサービスは消費者余剰だけを生み出すことになる。NRIはこれを金額換算する調査・研究もしており、例えばSNSのフエイスブックに対してひと月最大いくらまで支払ってよいかの支払意思額(WTP) は平均2086円、更に利用を諦めるにあたっての最低金額<いくらもらえば利用を諦めるか>の受入意思額(WTA )は平均1万5123円。ツイッターはWTPが1311円、WTAが1万6485円だ。消費者余剰の大きさがわかるが、世界最大の音楽配信プラットホームであるスポテイフアイが全世界で生み出している消費者余剰は3・3兆円になると推計する。
これをさらに推し進めて、NRIはデジタルサービス(有料、無料)が生み出す消費者余剰とGDPの関係についてもはじき出しており、一人ひと月当たりの消費者余剰は10.5万円(2016年)で、実質GDPは520兆円、年0.7%成長に過ぎないが、消費者余剰は161兆円となり、GDP の3割に相当。GDP と消費者余剰を加えると681兆円で年3・8%成長になると推測する。
森さんの言わんとするのは、世界のインターネット人口が5割を超え、世界人口の3人に一人がSNSを利用している時代、やはりGDP だけでは経済、人々の生活満足度は測れない。デジタル化による消費者余剰をカウントしてこそ、国民の生活水準の実相がつかめるということなのだろう。冒頭のケネデイの言葉ではないが、人生を意義深くしてくれる新たな指標が必要になってきていることだけは間違いなさそうだ。
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