2022.10.10

世界有数の豊かな森林資源 こだわって使って欲しい

(一社)日本木質バイオマスエネルギー協会 会長 東京大学名誉教授 酒井秀夫 氏

(一社)日本木質バイオマスエネルギー協会 会長 東京大学名誉教授 酒井秀夫 氏
<プロフィール> 1975年、東京大学農学部林学科卒業。農学博士。東京大学農学部助手、宇都宮大学農学部助教授、東京大学農学部助教授を経て、2001 年に東京大学大学院農学生命科学研究科教授に就任。主な研究テーマは、持続的森林経営における森林作業、林内路網計画、森林バイオマス資源の収穫利用など。

わが国では、古来より木造建築の技を磨いてきたにも関わらず、戦時中に木造住宅が燃えた記憶がトラウマとなり、長年、コンクリートなどの燃えない建物への憧れを強めていきました。

また、戦後の住宅ブームのなかで、「住みはじめたら床が傾いた」といった欠陥住宅問題がおきました。その多くが木造であったことも木造建築の評判を下げる要因になってしまった。

さらに言うと、木材不足のなかで木材業界自身が輸入材の解禁を求め、その結果、90%以上あった木材自給率が急激に低下していったという歴史もあります。

国産材活用の機運が高まるなかで、著名な建築士の方々が木造建築を建てようとしていますが、国内の木材だけでロットを揃えようとすると、長い期間を要するため、結局は輸入材に頼ってしまうこともあるようです。

売り方を工夫し、利益を確保する

森林所有者の多くは、自らが所有する森林の木を売った経験がありません。森林組合に言われて間伐したものを売ったことはあるかもしれませが、利益がほとんど残らないので「売った」という意識もないのではないでしょうか。専業林家は少なく、多くの方は普通にサラリーマンとして働いています。

もちろん自伐林家として、森林所有者自ら森林経営を行い、伐採し製材所に出荷するという本来の林業家の姿を維持している方々もいますが少数派です。

こうした状況に対して、国では森林経営計画制度を活用して、市町村が仲介役になり、森林所有者から委託を受けた民間事業者が森林経営を行いやすい環境を創造しようとしています。

また、かつて自伐林家は400haほどの面積がないと経営として成立しないと言われていましたが、80~100haほどの面積でも収益を生み出している事例もあります。

面積はそれほど広くなくても、売り方さえ工夫すれば、利益は確保できるというわけです。

林業と聞くと肉体労働的な要素が強いと思われがちですが、本来は知的な産業なのです。例えば、直径26㎝ほどのヒノキは人気が高いのですが、そのことを知っていれば、あと2年育てて直径26㎝にしてから伐採した方がいいのか、今のうちに伐採した方が利益を確保できるのかといったことを考えながら、伐採計画を立てることができる。これを一様に伐採してしまうから、利益が出なくなるのです。

私は林業学科で学びましたが、広葉樹は「ザツ」と呼ぶと教えられました。実は広葉樹のなかにも高い値段で取引される樹種もあるのです。そのことを知っていれば、高く売る術も思いつくでしょう。

半林半Ⅹを実践する若い世代に期待

最近になって、都会で仕事をしていた若い世代が林業に入ってくるケースが増えているようです。こうした若い世代が「半林半Ⅹ」として、ITなども活用しながら地域に溶け込んで、より林業の知的産業としての側面を際立たせてくれることを期待しています。

また、ヨーロッパなどでは、日本で言う森林組合のような存在が、地域の林業家に対して、「直径26㎝の木を伐採してください」と号令をかけ、それを集約して出荷するといった取り組みが行われています。だから短期間にある程度の量の同サイズの樹種を揃えることができる。こうした取り組みは、日本にとっても参考になるのではないでしょうか。

日本独自の木の文化に触れる機会を

海外の方から、「日本は膨大な量の木材を輸入しているが、林業は存在しているのか」と聞かれることがあります。少し皮肉をこめて、「化石燃料が使えなくなった時のために、森林資源をストックしているのだろう」と言われることもあります。

もはや日本の森林資源は、世界に誇れるほどのストックがあります。さらに言うと、樹種の豊富さという点でも世界有数なのです。

例えば針葉樹であるスギやヒノキは、似た樹種は海外にもありますが、日本特産です。広葉樹もミズナラ、カツラ、ケヤキ、シナノキ、タモなど非常に多様な樹種があります。ミズナラなどはウイスキーの樽の材料として世界的にも注目を集めています。日本は、量的にも、樹種の豊富さという点でも、世界に誇れる森林資源を有していながら、そのことが知られていません。学校でも十分には教えられていない。

この豊かな木の文化をより多くの人が理解し、例えば床柱にこだわりの樹種を使うといったような使い方をして欲しい。住宅の建築コストのうち、木材が占める割合はそれほど多くありません。そうであれば、こだわりの樹種を使うことで、愛着を醸成し、長く住み継がれるような住宅を建築してもよいのではないでしょうか。そのためには、まずは多くの人に日本の森林の良さを知ってもらわなくてはいけません。