2022.11.15

地元の会社が、地元の建築会社で建築した街に開く記念館

一般流通材のみでトラス構造を可能に

【物件】蛍遊苑 長府製作所記念館山口県下関市
【施工】株式会社 安成工務店 山口県下関市

2014年6月に竣工した「蛍遊苑 長府製作所記念館」は、国産の一般流通材のみを使用し、木造建築の可能性を広げた事例。施工を手掛けた安成工務店は、住宅事業で培った国産材のサプライチェーンなどを活用するなど、地元の建築会社だからこそできるチャレンジを行った。

城下町「長府」の景観に溶け込む「蛍遊苑 長府製作所記念館」は、長府製作所の歴史などを紹介する展示室をはじめ、近隣の住民などが利用できる多目的ホールや会議室などを備えた施設だ。

地元の造園会社である森芳楽園が手掛けた日本庭園を望む喫茶スペースは、近隣の住民や観光客の憩いの場にもなっている。

美しい日本庭園を望む会議室

建物の設計を木造建築で数多くの実績を持つ泉幸甫建築研究所が担い、施工を山口県下関市に本社を置く安成工務店が手掛けた。蛍遊苑の建設に当たっては、コンペが行われ、大手ゼネコンなども参加した。

安成工務店が泉幸甫建築研究所を誘い、地域に開く施設とすることを長府製作所に提案。こうした提案が高い評価を得て、大手ゼネコンをおしのける格好で受注に至ったという。

安成工務店の安成信次社長は、「地元の企業が建築する建物を、同じく地元企業である当社が施工することは非常に光栄なことであり、こうした地域の力で街を美しく、豊かにしていくことがこれからの理想像ではないか」と語る。

完成した蛍遊苑では、ホールでコンサートなどが行われており、当初のコンセプト通り地域に開かれた建物として機能している。また、敷地内に整備した公衆トイレを市に無償で譲渡するなど、地元企業ならではの地域貢献活動も行っている。

さらに、平屋建ての和風建築と周辺を取り囲む土壁によって、周囲の街なみ景観の向上という点でも貢献度は高く、地域に様々なプラス効果をもたらす建物である。

市に無償で提供された公衆トイレ

輪掛け乾燥したスギ材を利用

蛍遊苑で使用している木材については、安成工務店が住宅事業で使用している大分県日田市で採れたスギ材などが使用されている。

安成工務店では、大分県日田市の第三セクターの林業会社であるトライウッドと連携し、安定的に国産材を調達するためのサプライチェーンを構築している。

年間の木材使用量をあらかじめトライウッド側に伝えることで、山側の事業者の経営の安定性も確保しようとしている。

さらに、輪掛け乾燥と呼ばれる天然乾燥を行っている。皮付きの丸太を井桁に組んで1年間放置する乾燥方法で、風通しの良い、高度700m、南西の斜面で原木を乾燥していく。1年間の乾燥を経てトライウッドの製材所へと運び、製材を行う。その後、倉庫で半年間の養生生乾燥を行う。含水率が25%を切った材のみを再度ブレーナー加工し、安成工務店のプレカットセンターへと運ぶ。ここでも3カ月ほどの養生を行い、ようやくプレカット加工が行われる。

1年間かけて輪掛け乾燥を行う

構造材として使用するまで、最長で2年間を費やすという。安成社長は、「倉庫にある高温乾燥を行った材と、輪掛け乾燥を行った材をお客さまに見せると、ほぼ100%の確率で天然乾燥材を選ばれます。それだけ見た目の色艶や香りが違います。寸法安定性や割れの防止という点でも天然乾燥材の方が優れています」と、天然乾燥にこだわる理由を説明する。

蛍遊苑でも輪掛け乾燥を行ったスギ材を使用しており、現しになっている

天井のトラス部分については、完成から8年ほど経過した今でも、目立った割れなどは発生していないという。

幅120㎜のスギ材のみでトラス構造を形にする

蛍遊苑の建築的な特徴のひとつが、前出のホールなどトラス構造だ。通常のトラス構造の場合、集成材などを活用することが多いが、この建物のトラス構造が無垢材のみで構成されている。

しかもトライウッドから供給される幅120㎜の一般的に流通しているスギ材を利用している。「本来であればもう少し幅広のスギ材などを使った方が楽かもしれないが、天然乾燥のため、材料を用意するために2年間を要してしまいます。そのためすぐに用意できる120㎜の材料のみでトラス構造を構成することを考えることになったのです」(安成社長)。

120㎜厚のスギ材で作ったトラス構造

構造計算を行った山田憲明構造設計事務所に一般流通材しか使えない事情を説明し、必要なスパンを確保するためのトラス構造を検討してもらった。山田憲明構造設計事務所の設計をもとにスギ材をプレカットする段階では、より高度な3D加工を行う必要があった。その要求レベルを満たすことができる加工機は、当時、九州には鹿児島県の山佐木材しかなく、鹿児島まで材料を運搬し加工。その結果、非常に精度が高いプレカット加工が行われ、組み立てもスムーズに進んだという。

蛍遊苑のホールは、最大で12mのスパンを確保している、一般流通材のみでここまでできることを示す結果となった。

「構造計算をお願いした山田(憲明)さんからは、せめて150㎜の材料がストックされていると、もっと木造建築の可能性が広がるのではないかという意見をいただきました」(安成社長)と、今後に向けた課題が見えてきことも事実のようだ。

一般流通材のみで構成したトラス構造を使用した多目的ホール

無垢材のこだわりを形に

安成工務店の安成社長は、「もちろん集成材を使うこともできましたが、地元企業が地元のために建築する建物だけに、やはり無垢材にこだわりたいという気持ちがあった」と語るが、やはり住宅建築で実感してきた天然乾燥木材の良さを活かしたという想いも強かったようだ。

そして、その想いは、信頼関係を礎とした木材のサプライチェーンがあるからこそ具現化することができたのだろう。

安成社長は、「建築側も山側も、正直なサプライチェーンの構築を目指すべき」と指摘しており、建築側には需要量を早い段階で山側に伝えることや、山の事情を十分に理解したうえで設計を行うことが重要ではないかとしている。

安成工務店 安成 信次 社長

山側の事情を知らないと、どういう材料が調達できるかも分からないままに設計してしまうことがあります。また、早めに需要量を山側に伝えて、浮気をせずに長期にわたり関係を維持していくことで、お互いにメリットを享受できる。「明日、こういう材料が欲しい」と言われても、そう簡単には用意できません。山側も、建築側も、お互いに文句を言い合っているのではなく、“正直なサプライチェーン”を築いていくために協力していくことで、地域循環型の経済活動にもつながるのではないでしょうか。