近くの山の木を通じて築かれたネットワークと一般流通材使用が決め手
地元の木でつくるわが家のような園舎
【物件】 ポッポの家園舎 山梨県南アルプス市
【設計】 株式会社 Vent計画設計室 山梨県甲府市
Vent計画設計室が手掛けた保育園「ポッポの家園舎」は、2012年竣工した地域産材を活用した木造建築。住宅建築を専らとする設計事務所が日頃から培った木材供給側とのネットワークを生かして、当時、山梨県内ではJAS材の調達が難しい状況を克服して、園舎完成に至った事例だ。
「どうして県産材を使えない?」の疑問から
Vent計画設計室の代表取締役である遠藤千春氏は、一貫して山梨県産材を利用した住宅を提案し続けている。遠藤氏は2×4のハウスメーカーから独立し、在来軸組み工法に取り組んでいたが、「山梨県には山がたくさんあり、県有林もたくさんあるというのに、どうしてその木を使えないのかという疑問を強く感じていた」と語る。
そんな折に出会ったのが木材流通業の山中貞行氏(ヤマナカ産業代表)。ヤマナカ産業が、それまでのベイマツ中心の材木流通を、県産材を中心とする流通へと大きく舵を切ってくれたという。
ヤマナカ産業を通じて地元の森林組合などと安定的に県産材を調達できる仕組みを構築し、今では住宅で使用する構造材の70%以上を県産材でまかなう。遠藤氏によると、こうした状況になるまで10年以上の時間がかかったそうだ。
ヤマナカ産業、Vent計画設計室になり、両社が役員を務める山梨県木造住宅協会では、地域型住宅グリーン化事業における補助金対象枠として県産材使用50%を基準としている。県産材使用が当たり前となっている協会員は、ウッドショックの影響をも最小限に抑えられているという。
コストの問題を一般流通材で解消
県産材にこだわった家づくりを進めていたVent計画設計室に、2011年、同社の自然素材にこだわった家づくりに共感した「ポッポの家」の深沢園長から、園舎を木造で建築して欲しいと依頼があった。
園長は、子供たちにとって「わが家」と感じられるような木造園舎を、近くの山の木で作ってほしいと希望したそうだ。
「県産材の調達はできると当時思っていました。しかし、どのように構造を検討していくか、またコストに不安があった」と遠藤氏は言う。
「非住宅建築の場合、住宅とは異なる空間(スパン)が求められ、断面の大きい材が必要になる。材料費が予算内に収まるのか心配でした」(遠藤氏)。
「住宅をメインとしている設計事務所にできる仕事ではない」と、断るべきかと悩んだ遠藤氏に手を差し伸べてくれたのが、以前から構造の相談を依頼していた山辺構造設計事務所と、このプロジェクトのキーマンとなった前出のヤマナカ産業でプレカットや構造関係を担当していた営業部長の樋口稔氏だった。
「ポッポの家園舎」は、延床面積を500㎡以内に抑えることを基本としたが、構造を検討するうえで「JAS材相当」という言葉が、県産材を使用した中大規模木造を建てようとするとき、重くのしかかってきた。当時の山梨県には、JAS認定施設がなかったからだ。
そこで、早い段階から「園舎は、住宅に使用する一般流通材で作る」ことを基本に構造を検討し、材料確保に動くことにした。
しかし、いかに調達した木材を「JAS材相当」と確認するのかという課題があった。構造設計通りの性能を確保するためには、指定通りの強度と含水率の確認をしなければならなかったからだ。
県産材の品質を自ら確認
材木流通・品質管理計画書を策定
住宅建築を専らとする会員工務店・設計事務所がいかに中大規模の木造建築に取り組むかを検討するために、山梨県木造住宅協会は、「ポッポの家園舎」を実物件として、林野庁の「木造公共建築物等の整備に係る設計段階からの技術支援」を活用していた。
そのなかで、森林組合も巻き込みながら、東京大学の稲山正弘教授をはじめとする有識者の協力を得て、打撃による振動数計測で木材のヤング係数を確認する木材の強度確認の方法を確認した。
この活動を通じて、機械計測できない断面や長さの材料の強度確認が可能になり、使用できる材の幅が広がったという。
また、強度計測器が無い森林組合でも、強度確認が可能になった。打撃による強度確認の正確性は、機械計測による数値との比較で確認した。
こうした実験や検証を踏まえて、独自の材木流通・品質管理計画書を策定した。その後、協会で行う地域型住宅グリーン化事業でも、これらの成果が生かされたそうだ。
遠藤氏は今でも中大規模木造に限らず、住宅でも必要に応じ打撃検査を行うという。「とくに構造上重要な部分に使用する木材については強度を確認したいと思っています。含水率や強度が不足している時には交換してもらうことはあります。ポッポの家園舎の後に手掛けた1500㎡越えの保育園では、森林組合で何百本も樋口さんたちと木口を叩きました」(遠藤氏)。
交換する木材についても、他の部位に使用することができるため無駄にはならない、一般流通材を使用するからこそ生まれるメリットだと遠藤氏は指摘する。
子ども達が磨いた「おもてなしの木」
多くの関係者を巻き込みながら完成した「ポッポの家園舎」は、深沢園長が当初希望した通り、わが家のような園舎へと仕上がった。
深沢園長が自ら甲府市にある帯那山まで行き選んだヒノキは、園児一人ひとりによって紙やすりで磨きあげられた。
園舎の中心に据えられたそのヒノキは、「おもてなしの木」と名付けられ、今でも子ども達がよじ登って遊んでいるという。
遠藤氏は、「中大規模木造、特に公共の木造建築は当社だけでできるものではありません。ヤマナカ産業さんから『材料のことは心配しなくていい』と言っていただき、山梨県木造住宅協会を通じて多くの方々にも協力してもらいました」と当時を振り返る。
良き相談相手であったヤマナカ産業の樋口部長が、2021年、突然亡くなったという。「ポッポ」以降、保育園や体育館等、いくつかの県産材による中大規模木造を遠藤氏は一緒に完成させていた。
「樋口さんが旗振り役になってくれたからこそ、当社のような小さな設計事務所が非住宅にチャレンジできた。それだけに県産材を活用した非住宅建築をもっと普及させないといけないと思っています」と語る遠藤氏。
“黎明期〞とも言えるような状況のなかで、信頼関係に支えられ作られた県産材による「ポッポの家園舎」は、地域産材活用のお手本のような取り組みを通じて完成した建物だと言えそうだ。
Vent計画設計室 遠藤千春 氏
地域の工務店や設計事務所が中大規模の非住宅建築に挑戦することはとてもハードルが高いと感じられると思います。しかし、日常から築き上げられている木造を通じたネットワークがあれば、解決できることだと、これまでの物件を通じて実感しています。私は構造については知識不足ですが、相談できる構造事務所さん、材料は日頃から声を掛け合う流通業者さんや森林組合さんがいます。住宅と同じように、様々な仲間と連携しながら、設計、施工、そして材料と一歩、踏み込んで手を携えていくことが大切だと思っています。
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