生活者の不安と住宅事業者の提案にギャップ 防犯は一点集中ではなく敷地全体で
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻 教授 樋野公宏 氏
住まいの防犯への関心が高まる中、住宅事業者には新築・既存を問わず、生活者の安全・安心につながる防犯提案が求められている。防犯設備の導入にとどまらず、住宅の設計やリフォーム、暮らし方まで含めて、どのような対策を提案すべきか。住まいの防犯リフォームガイドを編集した「既存住宅にかかる防犯性能検討委員会」の委員長も務めた東京大学大学院の樋野公宏教授に、住宅事業者が防犯提案をする際のポイントを聞いた。
――「住まいの防犯リフォームガイド」を発行した背景は?
近年、手荒い手口の侵入盗が話題に上がったことで、生活者の防犯意識は高まっています。例えば、東京都は毎年「都民生活に関する世論調査」を行っていますが、2026年1月に発表した調査では、東京都に対して特に力を入れてほしい施策について、「治安対策」が47%でトップとなっています。こうした生活者の不安の高まりを受け、行政(国土交通省・警察庁)と住宅業界、防犯業界、学識経験者が連携・協力して、生活者向けに住まいの防犯に関する冊子を作成することになりました。
また、防犯部品に対して補助制度を設定している自治体も多いですが、対象製品に、防犯部品として業界の方が推奨しているものではない製品が含まれていることも散見されたため、より広く防犯についての正しい理解を促したいという意図もありました。
住宅業界はストック住宅が中心の市場となってきているため、「リフォームガイド」という形でまとめていますが、考え方としては新築住宅でも共通する部分は多いため、新築・改修問わず多くの方にご活用いただければと思います。
――一方で、5団体防犯建物部品普及協議会の調査では、住宅の新築・購入時に「防犯提案があった」のは約15%という結果が出た。
生活者の不安が高まっているとはいっても、「日本は安全だから対策をしなくても大丈夫」と考える方も少なくありません。断熱や災害対策といった項目に比べると、防犯面の優先度は低くなりがちなため、住宅業界の方からしても、関心の低い分野になってしまっているのかもしれません。
しかし、生活者の方にとって「家に入られる犯罪」は数ある犯罪の中でも、非常に嫌悪感の高い犯罪です。本来穏やかに過ごせるはずの生活空間に土足で入り込まれることへの抵抗は強く、住まいの防犯対策への潜在的なニーズは高いはずです。生活者の防犯ニーズに対して、どのような提案をすればよいのか住宅事業者側の知識が十分ではないことも課題だと感じています。
住宅事業者が防犯についての知識が十分でない背景のひとつには、防犯業界と住宅業界のつながりの薄さも考えられます。
今回、「住まいの防犯リフォームガイド」の制作を行った既存住宅にかかる防犯性能検討委員会には、私のほかに2名の学識経験者と複数の業界団体が参加しています。
田中賢教授(日本大学理工学部まちづくり工学科)は大手ハウスメーカーに勤めていた経験があり、民間企業の立場と学術的な立場の両方から判断ができる貴重な方です。小宮信夫教授(立正大学文学部社会学科)は、地域安全マップや子ども向けの防犯書籍などを出版し、メディア出演も多くされている方です。
そのほか、団体では、CP部品の認定業務を行う5団体防犯建物部品普及協議会や(公社)日本防犯設備協会などの防犯関連団体と、(一財)ベターリビングをはじめとする住宅関連団体が参加しています。業界の垣根を越えて議論できたことは非常に有意義だったと思います。

[プロフィール]
東京大学卒業、同大学院修了後、国立研究開発法人建築研究所などを経て現職。2000年代前半の「住宅性能表示制度」への防犯性能導入や、国交省・警察庁が関わる防犯設計指針の策定にメンバーとして参画している。東京都足立区 防犯専門アドバイザー。(一社)住宅リフォーム推進協議会「既存住宅にかかる防犯性能検討委員会」委員長として、今回の「住まいの防犯リフォームガイド」の編集・制作を牽引した。
一点豪華主義ではなく敷地全体で考える
――日本の住宅の防犯事情についてどう見ているか?
勘違いされがちなのですが、一部の窓やドアだけを強化する「一点豪華主義」は、犯罪対策としてはあまり適切とはいえません。侵入者は住宅の弱い部分を狙って侵入するため、防犯は住宅・敷地の全体で考える必要性があります。しかし、実際にトータルで防犯のことを考えられている人は非常に少ないのではという危機感があります。「住まいの防犯リフォームガイド」内にも、(一社)高齢者住宅協会の松本吉彦氏のコラムを掲載していますが、庭や玄関の配置や隣家の状況によっても、狙われやすい箇所が異なります。周囲の家や道路からどのように見えるか、自由に出入りしやすい場所が周辺にないかまで確認することが大切です。
以前と比べると、住宅の防犯性能は高まってきています。大手のハウスメーカーであれば、CP部品が使われていることが多く、防犯カメラなどの設備も一般の方が手に入れやすくなりました。しかし、生活スタイルとしては、単身世帯や共働き世帯の増加、核家族化などで、家に誰もいない時間が増えており、空き巣などの侵入犯罪に狙われやすい環境が高まっているのも事実です。
そのほか、置き配についても議論がなされました。置き配の懸念としてよく上がるのが、荷物が盗難されるのではないかという意見です。これに対して、警察は、モノを盗まれるよりも、身の安全を優先するために置き配もしくは時間指定での受け取りを推奨しているとのことです。対面受け取りは宅配業者を装った強盗などのリスクもあるため、時間指定以外の意図しない訪問には不用意に対応しないよう呼びかけています。
一部では無施錠でも安心して暮らせるということに誇りをもっている地域もあるようですが、犯罪者は外部からやってくるので、自分の住んでいる地域が絶対に安全ということはありません。
プラス防犯での提案が効果的
――住まいの防犯リフォームガイドではどのような提案をしているか?
「住まいの防犯リフォームガイド」で画期的なのは、「領域性」「監視性」「抵抗性」「警報性」の、4つの視点に基づいた防犯提案を行っていることです。防犯の考え方として、「防犯環境設計」という環境設計によって犯罪を起こりにくくする考え方があります。この考え方に基づき、「領域性」「監視性」「抵抗性」を設定し、そこに新たに「警報性」を加えました。
例えば「領域性」は、自分の家の敷地と公道の境界を明確に分けることで侵入のハードルを高くする考え方です。境界がはっきりしていないと、敷地内に部外者が入っていても、犯罪者なのか間違えて侵入してしまっているのか分かりにくい。自分の家の敷地に部外者が侵入した際に、どれだけ不自然に見えるかが大切です。「監視性」はプライバシーとの兼ね合いが難しい部分ではあるのですが、高い塀で囲った場合、侵入者が一度侵入してしまうと、外からは異常が発見できないため、ある程度道路や周辺の住宅から敷地の様子が分かるようにしておいた方がいいという考え方で、一般の方にはあまり知られていない点だと思います。
「抵抗性」は、防犯環境設計では、「対象物の強化」として位置づけられている考え方を、分かりやすく「抵抗性」と示しました。
「警報性」を加えた理由は、警報機器の技術の発展は目覚ましく、今後も防犯に有効な機器の登場が予想されることと、警報機器を活用することで近隣住民に自分の危険を知らせることができ、自分で対策をする「自助」だけでなく、他者に助けてもらう「共助」の期待もできるという観点からです。
――住宅事業者が防犯提案を行う際のポイントは?
住まいの防犯対策について検討を重ねる中で、非常に腑に落ちたのは「防犯のためだけにリフォームをする方は少ない」という意見です。このような意見を踏まえて、他の改修に防犯としての付加価値をプラスする提案を推奨します。「住まいの防犯リフォームガイド」でも、いくつか事例をあげているのですが、例えば、窓の断熱改修を行う際に、防犯ガラスを使用した窓を採用することで防犯性能も向上できます。私は「プラス防犯」と呼んでいるのですが、何かにプラスして防犯提案をする方法が、説明しやすいのではないかと思います。
まずは、防犯について話題に出すということが重要です。
(聞き手・町田結香)
犯罪の抑止に有効な4つの視点
【Point1 領域性】境界を明確にし、部外者の立ち入りを防ぐ
領域性は、そこから先は私有地であることを明確に示すことで、部外者の立ち入りを物理的・心理的に防ぐ視点だ。フラットで境界のわかりにくい外構は、侵入者にとって物理的にも心理的にも入りやすい。そのため、しっかりとした「門扉」を設置して鍵をかけることや、敷地を「フェンス」や「塀」で囲むことが求められる。また、インターホンやポストは道路ぎわに設置し、訪問者を敷地内に入れずに対応できる導線の確保も有効となる。
【Point2 監視性】人の目や防犯カメラで不審な行動をチェックし、必要に応じて知らせる
監視性は、周囲からの見通しを確保したり防犯機器を活用したりして、不審な行動に気づきやすくする視点だ。例えば、枝や葉が伸びっぱなしになっている植栽は侵入後に身を隠しやすい。すき間のある「格子状のフェンス」などを採用し、隣家や道路から見ても敷地内に不審な人物が侵入していることに気づきやすくすることが重要だ。夜間の暗がりをなくす「ライト」や、死角となる場所への「防犯カメラ」の配置なども効果的。
【Point3 抵抗性】短時間で突破されないよう、窓やドアなどを強化する
抵抗性は、建物の窓やドアなどを強化し、簡単に破壊されないようにする視点だ。警察庁の統計では、約7割の侵入者が5分以内に建物に侵入しなければあきらめるという。抵抗性の向上には、人為的破壊試験において侵入可能な開口ができるまでに5分以上の時間を要することを確認した「CP部品」などを上手く活用することが重要だ。
【Point4 警報性】部外者の侵入を、居住者や周囲の人に知らせる
警報性は、万一の侵入や異変が発生した際に、大きな音や光で居住者や周囲(近隣、警備会社など)に知らせる視点だ。死角になりやすい場所には歩くと大きな音が発生する玉石や防犯砂利を敷き詰めたり、窓の開閉やガラスの破壊衝撃を感知して大音量で音を発生させる「窓用防犯ブザー」を設置したりといった対策が効果的だ。
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