CLTが解消した〝木造オフィス〟の不安伝統的な意匠と最先端の環境技術が共存

事例③ 前川建設(兵庫県加古川市) 物件:自然循環型CLT&ZEBオフィスビル(姫路市飾磨区)

 

兵庫県加古川市に拠点を置く前川建設。創業118年という長い歴史を持ち、土木・建築の両輪で地域インフラを支えてきた老舗ゼネコンである同社がいま、中大規模木造建築の分野で大きな注目を集めている。

2025年に竣工した山陽建設の自社オフィスビルは、CLT(直交集成板)技術とZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)を高い次元で融合させた。

2025年の木材利用推進コンクール環境大臣賞(優良施設部門)をはじめ、日本エコハウス大賞「NEXT木造オフィス賞」、屋根のある建築作品コンテスト「TANITA GALVA部門」大賞など、数々の建築賞を受賞した。

住宅事業からの「逆流」で生まれた木造への確信

前川建設 経営企画室長
前川桂恵三 氏

前川建設はもともと、土木・公共建築を主力とする「地場ゼネコン」である。木造建築への本格的な関わりは、約20年前に前川桂恵三 経営企画室長が立ち上げたリフォーム事業、そして15年前からスタートした注文住宅ブランドがきっかけだった。現在、建築事業約125億円、土木事業約15億円の規模で、住宅・リフォーム事業は約10億円を占めている。

このプロジェクトの旗振り役となった前川氏は「ゼネコンという立場では、普段なかなかエンドユーザーである地域のお客様と直接接する機会がありませんでした。せっかく地域に根ざした会社なのだから、安心・安全な住まいを自分たちの手で提供したい。そんな思いから始まった住宅事業が、今回の中大規模木造への布石となりました」と振り返る。

特に大きな転換点となったのは、建築家・伊礼智氏との出会いだ。伊礼氏が提唱する「i︲works」という規格住宅のモデルハウスを自社敷地内に建設した際、その隣に打ち合わせスペース兼カフェとして、初めてCLTを用いた延べ床20坪、2階建ての小規模建物を建設した。

「当初は鉄骨造で検討していましたが、予算や木造の質感へのこだわりから、当時まだ珍しかったCLT工法に挑戦しました。このカフェが、後に山陽建設様の目に留まり、『自分たちのオフィスもこんな温かみのある木造にしたい』という依頼に繋がったのです」。

構造現しの木に囲われた高さ約6mの吹抜け階段室。緑の溢れる前庭と、青空といった上下の窓を一望することができ

施主の不安を払拭した「CLT」の可能性

施主である山陽建設は、山陽電鉄の関連会社で鉄道土木を主力とする建設会社である。当初、自社ビルの建て替えにあたって木造を検討していたものの、一般的な木造軸組工法に対しては「2階の音が1階に響くのではないか」「オフィスとしての剛性や信頼性に欠けるのではないか」という懸念を抱いていたという。

その不安を解消したのが、厚みのあるパネルで壁や床を構成するCLT工法だった。前川氏は「CLTのパネルそのものが持つ『塊感(かたまりかん)』や、コンクリートに近い遮音性・断熱性を実際に体感していただいたことで、『これならオフィスとしていける』と確信を持っていただけました。国が脱炭素社会に向けて木材利用を推進しているという社会的背景も、プロジェクトを後押しする要因になりました」と語る。

同プロジェクトでは、岡山県に本社を置くライフデザイン・カバヤが開発した「LC︲core構法」を採用。オリジナル接合金物を用い、コア部分にCLTを効果的に配置することで、CLTの設置枚数を抑えながら開放的な空間を創出できる独自のCLT構法だ。前川建設は、同構法の立ち上げ初期である2019年から加盟。長年培ってきたRC造や鉄骨造のノウハウを、CLTという新しい素材に落とし込んでいった。

「木に包まれる」という贅沢な空間設計

完成したオフィスビルは、一歩足を踏み入れると木の香りに包まれる圧倒的な空間が広がる。特に圧巻なのは、2階まで突き抜ける高さ約6mの吹き抜け階段室だ。

「壁と天井をCLTのパネルで囲い込むことで、木の塊の中にいるような感覚を目指しました。一般的な木造では石膏ボードを貼って仕上げることが多いのですが、ここでは150㎜厚の国産材パネルをそのまま『現し(あらわし)』で使っています。階段も、鉄骨階段から柱をなくすために構造計算をやり直すなど、伊礼氏のデザイン哲学を随所に取り入れ、徹底的にシンプルで美しいディテールを追求しました」。

雑木の庭から自然と一体となった木の建築の中へ入る。格子のある前庭の先に漆喰で囲われた風除室を設けた
応接室の障子をしめれば柔らかな光が空間に充満する。吉村順三とイサムノグチの照明を添えた
社長室には、天窓と太陽熱利用のシャフトがあり、太陽の恵みを実感しながら執務することができる
営業部、総務部のオフィスは社長室と繋がり造作の本棚により居心地が良く作業効率があがる
2階にある応接室では来客がエントランスの坪庭から突き抜けた植栽を眺めることができる
1階の工事部オフィス。桧の天井の下で業務する、障子をあければ庭の植栽を眺められる 
建物の外観。2階の外壁にはガルバリウム鋼板を採用しつつ、軒先や1階部分には羽目板を使い木部を露出させた

外観にもこだわりが見える。2階の外壁にはガルバリウム鋼板を採用しつつ、軒先や1階部分には羽目板を使い木部を露出させた。

「全部を木にするとメンテナンスが大変ですが、ガルバリウムと組み合わせることで耐久性を確保しつつ、木の温かみを視覚的にアピールできます。植栽についても、造園家の荻野寿也氏に依頼し、雑木の庭を抜けて森の中から建物へ入っていくようなエントランスを演出しました」。

内装はCLTを極力見せるデザインとし、前川氏が敬愛する建築家、吉村順三の建築などを参考にして、障子などの日本建築要素も取り入れている。

補助金採択を支えた「ZEB」と「デコスファイバー」の威力

同プロジェクトは、単なる木造ビルではない。エネルギー消費を最小限に抑える「ZEB」の認証を受け、さらにライフサイクル全体のCO2排出量を算出する「LCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス)」の先導的な補助事業にも採択されている。

(一財)住宅・建築SDGs推進センター(IBECs)により開発されたばかりのLCCO2算定ツール「J-CAT」を使用した先進的な事例だ。設計初期から竣工まで一貫してLCCO2を可視化できる点が評価された。

ここで大きな役割を果たしたのが、前川建設が長年住宅事業で採用してきたセルロースファイバー断熱材「デコスファイバー」だ。「デコスファイバーは新聞紙のリサイクル材であり、製造時のエネルギー負荷が極めて低い。LCCMの計算ソフトでは、多くの建材がまだデータ登録されていない中で、デコスファイバーはしっかりとしたエビデンス(証拠)が登録されていた。これが、補助金採択の大きな決め手の一つになりました」。

高性能な断熱材に加え、LIXILのトリプルサッシを採用し、運転台数制御型エアコンをはじめ高効率で合理的な設備を導入。さらに44.88kWの太陽光発電を搭載し、加えて太陽熱を利用した「そよ風」という集熱・換気システムを導入。結果として、一次エネルギー削減率は太陽光発電を含めて118%という驚異的な数値を叩き出し、完全『ZEB』とした。再エネなしの一次エネルギー消費量削減率は61%、BEI値0.39だ。

中大規模木造のハードルを越えて

住宅メーカーが中大規模木造に挑む際、最大の障壁となるのは「法規」と「施工能力」の違いだ。住宅とは比較にならないほど厳しい防火制限や構造基準、さらにはコスト管理が求められる。

「ゼネコンとしての公共建築の経験と、住宅事業で培った木のノウハウ。この両方があったからこそ、この規模の木造を自社設計・施工で完遂できたのだと思います」と前川氏は分析する。

前川氏自身も、一級建築士として、1年かけて兵庫県主催の中大規模木造セミナーに通い詰めるなど、技術の習得に余念がない。このプロジェクトでは、構造計算はライフデザイン・カバヤに依頼しているものの、基本設計は前川氏自身が行い、詳細設計も自社で行っている。

「鉄骨造が95%を占める現在のオフィス市場ですが、年に1〜2件は木造の引き合いが来るようになりました。コスト面ではまだ鉄骨に軍配が上がる場面もありますが、資産価値や環境経営、そして何よりそこで働く人のウェルビーイングを考えたとき、木造は最強の選択肢になります」。

100年先を見据えた「地域のゼネコン」の形

前川氏は今後の展望について「安かろう悪かろうの木造をつくるつもりはありません。木という素材が持つ本来の強さと美しさを引き出し、鉄骨やコンクリートと適材適所で組み合わせていく。それが、これからの地域のゼネコンが担うべき役割だと思っています」と話す。

自然循環型CLT&ZEBオフィスビルは、伝統的な意匠と最先端の環境技術が共存できることを証明した。日本の街並みが再び「木の文化」を取り戻す好事例の一つとして注目を集めそうだ。

物件名自然循環型CLT&ZEBオフィスビル
所在地〒672-8084 姫路市飾磨区英賀清水町3丁目123
構造木造 CLTパネル工法
用途事務所
敷地面積1218.47㎡
延床面積591.85㎡
建築主山陽建設
設計一級建築士事務所 前川建設株式会社 前川桂恵三
施工前川建設