New   2026.2.4

ルポ・トヨタの実証実験都市「ウーブン・シティ」人と人との「カケザン」が鍵 「人の心を動かす」ものを生むまち

 

2025年12月某日、トヨタ自動車が静岡県裾野市の旧トヨタ東富士工場跡地に建設、2025年9月にまちびらきした実証実験都市「ウーブン・シティ」を取材ルポする。

御殿場線岩波駅から徒歩約8分。細い道を抜け、国道246号線沿いの歩道橋を上ると、三角形を描く約29万㎡の広大なウーブン・シティ敷地の端が見えてくる。現代で最も革新的な設計事務所と名高い、デンマークの建築家ビャルケ・インゲルス氏率いる「ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)」設計による端正な建物群が、近未来的な雰囲気を醸し出している。

ウーブン・シティ「フェーズ1」エリア中心にあるコートヤード(中庭)。遊び場やイベントなどで使われている。この日は大人数名がモルックで遊んでいた。

「岩波ゲート」でビジターのIDカードを受け取り、ゲートで囲まれたまちの中に入る。一般公開は2026年からを予定しており、現時点ではトヨタグループの社員ら関係者のみが生活している。そのため、まちの中はまだ人がまばらで、雰囲気は少しさみしく、映画のセットに潜入したような感覚になった。

誕生のきっかけは東日本大震災

2025年9月25日にオープンしたのは、敷地全体の約6分の1に当たる「フェーズ1」エリア。約4万7000㎡の敷地に14棟の建物が並ぶ。その中の1つ「Woven Welcoⅿe Center(ウーブン ウェルカム センター)」ではウーブン・シティがつくられた背景や意義、この場所で行われる実証実験の概要について学ぶことができる。

このまちの構想のきっかけは2011年の東日本大震災であった。トヨタ自動車は中長期で東北地方を支援する方法を検討した末、トヨタ東富士工場を岩手と宮城に移すと決定。同時に、1967年から2020年までの約50年にわたり累計750万台超の車を生産してきたこの工場跡地を「実験都市」にするアイディアを打ち出した。

その構想を当時の豊田章男社長(現会長)が初めて発言したのは、2018年の東富士工場職員との集会の場だった。ウェルカムセンターではその時の動画を見ることができる。工場職員の1人が、豊田社長に対し「東北(工場)に行ってまた車をつくりたいが、家族のことを考えると一緒には行けない」と正直な思いを吐露し、「今後どういう風になっていくのかを教えていただければありがたい」と質問する。それに対し、豊田社長が「50年後の未来の自動車づくりに貢献できる、〝大実証実験〟コネクテッドシティに変革させていこうと考えている。まだ構想段階だが、意思さえあれば僕はできると思う」と語る。この発言をきっかけにプロジェクトが動き出し、ウーブン・シティ誕生に至った。

人の心を動かす「モビリティ」実証実験の場

トヨタは、このウーブン・シティでいったいどういう未来のまちを実現しようとしているのか―。
ウーブン・バイ・トヨタの広報を務める比留間陽介氏は「未来都市、次世代都市、スマートシティなどと表現されることもあるが、我々が目指しているのはモビリティのテストコース」と説明する。“モビリティ”と聞くと、どうしても何らかの移動装置を頭に浮かべてしまうが、それも違うという。

「モビリティとは、A地点からB地点への移動だけでなく、人の心を動かすものすべてを指すと考えている」(比留間氏)。

街路を歩く人もいたが、まだ少ない。ブロックを重ねたような建物の意匠が目を引く
ウーブン ウェルカム センターにはトヨタグループの礎を築いた豊田佐吉が自分の母親の生活を楽にするために発明した「豊田式木製人力織機」を復元したものが置かれている
ウーブン ウェルカム センターに展示されているウーブン・シティの模型。手前の部分が現在オープンしているフェーズ1エリア

モビリティの語源である動詞のmoveは確かに単なる「動かす」という意味だけでなく、be moved by〜といったように「感動する」という意味を持つ。

そして、人の心を動かすまちづくりを具体化する手法として、様々な主体が機を織るように幾重にも関係性を構築しながら新しいものを生み出す、「カケザン」と呼ばれる手法を提唱しようとしている。

そもそも「ウーブン」とは、「機を織る」を意味する英語「Weave」の過去分詞形である「Woven」を由来とする。トヨタの祖業が自動織機(機織り機)製造であることから名付けられた。

機を織るように、「インベンターズ(Inventors・発明者)」と呼ばれる企業などが様々なコラボレーションを行いながら、実証実験を開始しており、既に20社の「インベンターズ」がまちづくりに参画している。また、住民やビジターは「ウィーバーズ(Weavers・織る人)」と呼ばれ、生活しながらその実験に主体的に協力している。

そして、インベンターズとウィーバーズが協力しながら、商品やサービスを改良していく仕組みこそが「カケザン」。「カケザン」を繰り返しながら、機で一枚の布を織りあげるように、人の心を動かすまちを生み出していくイメージだ。

コーヒーが創造性や生産性向上につながるか検証

「カケザン」を重ねて、単なる新しい技術ではなく、人の心を動かすモビリティをつくり出すー。まちの中を歩いていると、その一端をかいま見ることができた。

インベンターズの1つ、UCCジャパンはシティ内に「上島珈琲店」を開店した。店舗の一部座席を実験の場とし、撮影した動画とアンケートを組み合わせ、滞在中の動作や被験者の集中度合いなどを分析。コーヒーが人々の創造性や生産性に与える影響を調べている。

25年9月のまちびらき以来、100人近くが実験協力に登録しているという。同社のサスティナビリティ経営推進本部長 里見陵氏は「これまでは実験室内での限られた状況でしか実験できなかったが、ここでは大量のデータを許可取得した上で集めることができる。ウーブン・シティがなければ、こういう実験は考えられなかった」と、この都市プロジェクトに参加する意義を語った。

今後はスマートウォッチを使ったバイタルデータでの検証も検討しており、コーヒーの健康への影響や、コーヒーの介在によるコミュニケーションへの影響などを調査していくという。

近年のデータ社会の中では、意志とは関係なく自分の情報がどこかに流れているのではと危機感を覚える。しかし、ウーブン・シティ内のように誰がどこで何のために使うか理解した上なら、情報を積極的に提供してもいいと思えるのではないだろうか。

仕事やコミュニケーションが捗るコーヒーの味や飲み方、状況が明らかになれば、仕事や生活の満足度が高まり幸せを感じる人もたくさん出てくる気がする。コーヒーの可能性を探るという壮大で抽象的なテーマであるが、だからこそ多様な主体が参加する実験の意味が深まっていくのだろう。

可能性広がる真っ白な自動販売機 

ダイドードリンコは、シティ内の各所に「HAKU(ハク)」という真っ白な自動販売機を設置している。様々なサンプル飲料が並んでいるのが通常だが、この「HAKU」では、商品サンプルだけでなく、ボタン、コイン投入口もない。とても一目みただけでは自動販売機と判別できない。表面は白だけでなく、様々なデザインに変更することができ、同社はあらゆる空間に溶け込む自動販売機の在り方をここで探っているという。

一見、ふつうのコーヒーショップだが(右)、店内の一部スペース上にはカメラがついている(左)。撮影した動画をAIによって画像分析している
「HAKU」の外観(左)。スマホでQRコードを読み込み、商品を選ぶ(右)
カケザン・インベンションハブに設置してある「HAKU」。感想を書いたカラフルな紙がびっしりと貼ってあった

購入する場合は、横に置いた看板のQRコードを読み込み、商品を選び、キャッシュレスで決済する。ウーブン・シティの場合、シティ内の住民などが取得する「ウーブン・シティID」にあらかじめクレジットカードなどの情報をひもづけており、スマホなどでそのIDを表示し、支払いができるようになっている。

確かに従来の自動販売機は色とデザインが雑多であるため、洗練された空間にはなじまない、というか目立ってしまう。アプリを立ち上げて買うのは面倒な感じもするが、HAKUの機能は可能性をかなり広げてくれる。例えば、木や緑を模した、あるいは実際に一部に木を使ったようなデザインであれば、木造空間や古い建物になじんで良さそうである。

敷地内の1つのHAKUには、びっしりと色とりどりの紙片が貼られ、「柿ピーほしい」「手間がかかる!」「複数の人が一緒に買うことができたらいいな」「住民票を発行して欲しい」など様々な感想が書かれていた。実にアナログ。だが、そこに使い手の素直な気持ちが表れている。ウーブン・シティではこうした普段の気さくなやり取りが、改良と開発につながっていくのだろう。

車や人に合わせて青になる信号機

もちろん、移動の可能性を広げる分野でのモビリティ実験も多数行われていた。

まちの中を通る道路では自動運転EV「e-Palette(イーパレット)」がバスとして巡回し、新たに開発された三輪電動車「SWAKE(スウェイク)」に乗った人が颯爽と走っていく。

ウーブン・シティだからこそと特に感じたのが、自動信号機だ。e-Paletteが走行中にセンサーを発信することにより、信号機に近づくタイミングで信号が青に切り替わる。一方、歩行者がいる時はその姿も感知し、横断歩道が青になるようになっている。

歩行者がいないのに信号が赤になる。車がまったく通らない田舎道なのに、歩道が赤になる。こうした信号に関する「ムダ時間」にイライラしたことは私も少なからずある。私有地だからこそできる交通実験ではあるが、実社会に実装されれば、多くの人の心をちょっと優しくしてくれる気がする。

まちの中には「カケザン・インベンションハブ」という交流・共創の場もある。ガラス張りの外壁とスロープ状の屋根が印象的な建物の2階にはワーキングスペースがあり、24時間出入り可能となっている。1階部分は中央にカフェスペースがあり、それを囲むように机や椅子がランダムに配置され、開放感のある素敵な空間となっている。25年9月のまちびらき以降、ここで度々集会も開いているという。手書きのメモがあちこちに貼られ、アイディアが生まれる場であることを感じさせた。

地下道通って住戸へ
物流ロボットが宅配

今回、残念ながら住宅部分には入れなかったが、130戸程度の住戸のうち一部で居住を開始している。実際に短期間住んだ方曰く、「ふつうの新しいマンション」だという。「ウーブン・シティID」による顔認証で玄関の施錠ができ、ほとんどの設備をスマートホームで管理できる、シティ内の地下通路を通じてデリバリーロボットが各階のポストまで荷物を運搬するなどの機能を実装しており、今後も様々なサービスが追加されていくとみられる。単身からファミリー向けまで対応できるよう1R~3LDKなど幅広い間取りを用意し、賃料はエリアの相場と同様だという。

自動運転や物流ロボットは、既に問題化しているインフラの人手不足解決に向けて、大きな期待が寄せられているモビリティの1つと言える。住民が少ないためまだ稼動は限定的なものであるらしいが、このまちで実験がスムーズに進み、早期に様々な場所で実装化されることを望みたい。都市部、地方問わず、また困っている人たちにとって心身ともに大きなインパクトとなるはずだ。

エネルギー面での実証実験も進む。フェーズ1の建物ほぼすべてに太陽光パネルを設置するほか、近くにあるENEOSの水素ステーションとシティ内を地下でつなぎ、水素を供給。まち全体のカーボンニュートラルを目指している。

新開発の三輪電動車「SWAKE」(左)と道路を「SWAKE」で移動する人(右)。車道脇にSWAKE用のレーンがある
カケザン・インベンションハブの外観と内部。光が入る開放的な空間で、中央にはカフェ&バースペースがある

山から種を採集
地域ならではの植栽

居住者が少ないこともあり、まちはまだ閑散としているが、若い夫婦がベビーカーを引いて歩く姿や、オフィスで働く社員が昼休みに広場に集まりモルックを楽しむ姿もみられ、確かに生活が始まっていることも感じられた。

目を引いたのが植栽だ。街路にとどまらず、建物のベランダなどにも多彩な植物が植えられていた。一部の植物は従業員が近くの山へ種を取りに行き、苗に育てた上で植えているものだという。冬季であるため敷地内に咲いている花は黄色のツワブキぐらいだったが、地域ならではのサクラなども植えてあるらしく、季節に応じて様々な表情を楽しめそうだ。

地域の植物を中心とした植栽。右手前のベンチは3Dプリンター製で移動もできる
フェーズ1エリアの全ての建物に接続している地下道。1周約400メートルで、居住者らに郵便物や小包を物流ロボットが自動で届ける仕組みを想定している
インベンターズの実証実験事例

2026年からは一般見学が始まる予定だ。今後、インベンターズの増加も見込む。最終的な住民の人数は約2000人を想定しているという。

訪問して一番感じたのは、人と人のつながり、つまり「カケザン」が強い意味を持つまちだということだ。新しい挑戦に意欲的なインベンターとウィーバーそれぞれが存在し、日々の仕事や生活の中でさかんに「カケザン」をするからこそ、人の心を動かすようなモビリティを生む可能性がより広がる。手書きのメモやイベントなど〝アナログ〟なつながりの多さも、創造を後押しする気がした。

このまちで行われる実験のテーマは、日常のちょっとした便利なサービスから、人間や動物のウェルビーイングといった大きな課題まで多岐にわたる。数時間まちを歩き、様々な実験に触れるだけで、実現してほしいモビリティへの妄想が膨らんだ。多様な人が出入りしながら、このまちでどんなモビリティが生まれていくのか、長い目で楽しみにしたい。