New   2025.12.12

賃貸が変わればまちが変わる 住宅で社会的価値は向上するのか!?

(一財)住宅改良開発公社 創立70周年記念シンポジウム賃貸が変わればまちが変わる 住宅で社会的価値は向上するのか!?

 

(一財)住宅改良開発公社は、創立70周年を記念し、「賃貸が変われば まちが変わる」と題したシンポジウムを開催した。同公社の住まい・まち研究所が進める「あしたの賃貸プロジェクト」の一環として実施したもので、賃貸住宅が地域にもたらす社会的価値(ソーシャル・バリュー)の重要性について、様々な意見が交わされた。

(一財)住宅改良開発公社では、(独)住宅金融支援機構や沖縄振興開発金融公庫、民間金融機関による賃貸住宅融資に係わる保証業務などを行っている。また、住まい・まち研究所を中心として、賃貸住宅の役割を、暮らし、働き方、地域社会といった様々な面から考えていく「あしたの賃貸プロジェクト」を展開している。

今回、(一財)住宅改良開発公社の創立70周年を記念し、第6回目となる「あしたの賃貸プロジェクト」のシンポジウムを開催した。シンポジウムのテーマは「賃貸が変われば、まちが変わる」。オンライン開催で1500名を超える参加者を集め、注目度の高さを伺わせた。

ソーシャル・バリューを内包した住宅のあり方とは

シンポジウムの基調講演を行った東京大学大学院の大月敏雄教授は、「これまでは持家と貸家を切り離して、場合によっては対立構造で語られることもあった。しかし、賃貸も持家も誰かが所有している建物であり、所有者と利用者が異なっているかどうかの違いがあるだけ。『賃貸か、持家か』という二元論ではなく、『賃貸も持家も』という多元論的な住生活を構成していくべきではないか」と指摘した。その上で、「地域の生活ニーズを捉えながら、空き家や空き室などのスペースを有効活用することで地域を救うこともある」と語った。

次に登壇した(一財)住宅改良開発公社 住まい・まち研究所の松本眞理所長は、英国における住宅分野でのソーシャル・バリューを向上するための取り組みなどを紹介。英国には、ハウジング・アソシエーション(HA)という非営利の民間団体があり、主に低所得世帯などへの住宅供給や、シェアード・オーナーシップという共有所有による住宅供給などを行っている。代表的なHAのひとつであるピーボディ・トラストは、ロンドンとその周辺エリアで10万9000戸の住宅を管理している。 

発電所跡地を利用した開発プロジェクトでは、行政から開発業者に一定数の社会住宅(市場家賃の50%に家賃を設定した低所得者向け住宅)を建設することが求められ、開発業者が無償でピーボディ・トラストに土地を提供し、政府の支援も受けながら社会住宅が建設された事例もあるという。英国では、行政が開発に当たり一定数の社会住宅やアフォーダブル住宅の提供を求めることも少なくない。

一方、ポプラ・ハーカは、ロンドンの中でも比較的移民が多く貧しいエリアのHA。地域課題を解決し、コミュニティを再生することを使命として、約1万戸の社会住宅・アフォーダブル住宅を管理している。ソーシャル・バリュー測定ツールを用いて、自らの活動が社会的価値をどのくらい向上させているのかを可視化しながら、様々な事業を推進している。

英国の取り組みを見ていくと、ソーシャル・バリューを高めていくことが、住宅の役割のひとつとして内包されていることが分かる。言い換えると、住宅供給者には、建物の所有者や利用者にとっての直接的な価値だけでなく、地域社会の価値を高めていくことも求められていると言えそうだ。

なお、(一財)住宅改良開発公社では、今後、ソーシャル・バリューを可視化する日本版のツールの開発を進めるだけでなく、優れた賃貸住宅を表彰するアワードの実施、ソーシャルな事業に資金が巡る仕組みのサポートなどを検討していく方針だという。

官民が連携し団地跡地をソーシャル・バリュー向上の起点に

写真左から、(一財)住宅改良開発公社住まい・まち研究所所長の松本氏、東京大学大学院の大月教授、ぶんじ寮の影山氏、(一財)住宅改良開発公社の稗田昭人理事長、西部ガスの牛島氏、宗像市の内田氏、大凧の吉田氏

シンポジウムでは、賃貸化によって、周辺地域のソーシャル・バリューの向上を図った実例も紹介された。

そのひとつが、福岡県宗像市のひのさと団地再生プロジェクト。都市再生機構の日の里団地では、団地内の6棟の建物を取り壊し、民間事業者に跡地を売却することになった。宗像市では、市が定めたまちづくり構想や住民との意見交換の結果などをUR側へ伝え、その内容が跡地を利用する事業者の公募条件に反映されることになった。

具体的には、取り壊す6棟のうち1棟を残し、生活利便施設にコンバージョンするというもの。宗像市では都市計画を見直し、第一種低層住居専用地域と第一種中高層住居専用地域から第一種住居地域へと用途変更し、事務所や延床面積500㎡超の店舗、3000㎡以下のホテルなどを設置することを可能にした。

これを受けて、残すことになった1棟を「ひのさと48」という施設にコンバージョンし、コミュニティカフェや地ビールを製造するブリュワリー、認定保育園、児童発達支援施設などが入居する施設として活用している。

宗像市を軸として、様々なプレイヤーが協働しながら、事業を創造していく「ひのさと暮らしLABO」という組織も創設し、かつての〝ダンチ〟を拠点に地域内外の人々がつながる環境を創造しようとしている。

「ひのさと暮らしLABO」の運営に携わる大凧(福岡県宗像市)の吉田啓助代表取締役はシンポジウムに登壇し、「建物を賃貸化することで、様々な人が関われる余地が生まれる。それを利用して、新しい事業を地域に作っていきたい」と語った。

また、「ひのさと48」を運営する西部ガス都市リビング開発部まちづくりソリューショングループの牛島玄リーダーは、「『この地域で何かをやりたい』という方々を応援する気持ちで、建物などの空きスペースを開いていき、地域が変わっていくお手伝いをすること。それも我々のような民間企業の役割になるのでは」と述べた。

さらに、宗像市都市再生部の内田忠治部長は、「例えば意見が合わない人がいても、場合によっては移住できることも賃貸の良さではないか」とした。

「まちの寮」をつくる
自分のまちを日本の〝外れ値〟に

シンポジウムでは、東京都国分寺市で「ぶんじ寮」を運営する影山知明氏の講演も行われた。

影山氏は、国分寺市にある実家を建て替える際に、1階をカフェ、2階をシェアハウスにし、自ら1階のカフェ「クルミドコーヒー」を営むことになった。ある時に、国分寺にある、ある会社の社員寮として利用された建物が空くという情報を得て、10年契約でその建物を賃貸し、2020年から「ぶんじ寮」を開始することになったそうだ。

登壇者によるシンポジウムでは、ソーシャルバリューと賃貸住宅のあり方について意見が交わされた

RS造2階建ての建物が2棟あり、そこに20室の賃貸住戸、1室の管理人用の部屋、2室のゲストルームを整備した。改修工事を最低限に抑え、クラウドファンディングにより資金を調達。管理なども住民自ら行うことで、3万1000円という家賃を実現している。生活に関する細かいルールをあえて決めず、何か問題があれば月に2回開催する住民ミーティングによって解決していく(ただし多数決は行わない)。

定期的に「ぶんじ食堂」という地域に開かれたイベントも開催し、周辺住民などが訪れる機会も設けている。地域通貨「ぶんじ」も運用しており、住民が地域貢献活動などを行うと、「ぶんじ」を得て、それを家賃の支払いなどに利用できる。

影山氏は、「旧来型のコミュニティは、共生しながら暮らしていく一方で、不自由を強いられることもあった。その結果、自由を求めて都市部などへ出る人が増えたわけですが、自由は手に入れたが孤立することもあります。我々はそれぞれの自由を尊重しながら、他者と関わり合いながら、困った時には頼ることができるようなコミュニティを実現していきたい」と語った。

また、「おでん理論というものがあります。おでんで例えると、賃貸住宅は卵や大根などの具であり、それらを煮込むツユが社会関係資本。ツユが美味しくなれば、具もおいしくなり、具がおいしくなるとツユもさらに美味しくなる。賃貸住宅と社会関係資本もそれと同じ関係ではないか」と指摘した。影山氏は、今後、周辺の大家仲間ともに不動産投資信託のような仕組みを活用し、点ではなく面で社会関係資本を向上する賃貸管理のあり方を検討しようとしている。

それによって国分寺を日本の〝外れ値〟にしたいというのが、影山氏の狙い。「国分寺だけ、選挙の投票率が80%を下回ったことがない」、「国分寺だけ、合計特殊出生率が3・0」、「国分寺の人は、スマホをいじっている時間が短い」といったように、全国的な統計の傾向の〝外れ値〟となるような現象が国分寺で発生する―。そういう状況を創造していきたいという。

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賃貸であれ、持家であれ、住宅というものは「公」と「私」の側面を両方持っている。「私」という側面が強くなると経済的な価値が際立ち、「公」の側面が強くなると社会的な価値、つまりソーシャル・バリューが際立っていく。

果たして、住宅は「公」と「私」、「経済的価値」と「社会的価値」を両立することはできるのか。

今回のシンポジウムでの英国の事例や、「ひのさと48」、「ぶんじ寮」での取り組みを聞いていると、そもそも「両立する」という考え方自体が間違っているのかもしれない。

社会的価値と経済的価値は必ずしも相反するものではなく、本来、相互に作用し合う関係ではないだろうか。例えば、地域に開かれた魅力的な賃貸住宅が増えていけば、その地域の社会的価値が高まり、結果としてその地域の経済的な価値も向上していく。成熟社会において住宅業界が目指していくべきは、そうした姿ではないかと、海外や先行事例に教えられた気がする。