2050年のビジョンを共有しハコから暮らしへと住生活施策の視点を広げていく
インタビュー 国土交通省 住宅局長 宿本 尚吾 氏
現在、2026年4月からスタートする新たな住生活基本計画の策定に向けた議論が進んでいる。
果たして、今後、住宅行政はどのような方向へと進んでいくことになるのか―。
この7月に住宅局長に就任した宿本尚吾氏に話を聞いた。
――現在の住宅行政を巡る状況について、どのように捉えていますか。
住生活基本法を制定した当時、住宅行政の主な役割は、住宅市場の環境整備、市場の誘導、市場の補完という3つであると整理していました。現在、新たな住生活基本計画の策定に向けた議論が行われていますが、今一度、当時整理された、この3つの役割を再認識した上で検討を進めることが重要ではないかと考えています。
このうち、市場の環境整備という観点で重要な役割を担っているのが、2000年に施行された住宅の品質確保の促進等に関する法律(以下、品確法)です。住宅のハード部分の性能を評価する尺度ができたことで、例えば省エネ基準を強化する際、「上位等級の内容を検討しよう」と考えることができます。つまり、新築の質誘導に関する施策を講じていく場合、品確法で言語化された文脈を活用すれば、議論の方向性の整理が容易化されるわけです。
また、品確法によって、民間の性能評価機関が設立され、また同時期に建築確認が民間開放されたことと相まって、住宅の質を評価する、審査するという市場環境の整備が進んだことは大変重要です。
本年(2025年)4月から省エネ基準の適合義務化と4号特例の対象縮小が行われました。もしも、品確法が制定されておらず、建築確認の民間開放も行われていなかったら、こうした取り組みに踏み切れなかったかもしれません。
2000年に品確法が施行になってから25年が経過しましたが、あらためて同法の施行に向けて尽力された方々へ感謝しているところです。
品確法やその他の法制度の内容を考えると、新築の質誘導の環境整備については、一つの到達点に達したものと考えてもよいかもしれません。一方で、ストックに関する市場の環境整備については、やるべきことが数多く残されています。
使える空家が円滑に市場で流通する仕組みを
――ストック市場について、どのような市場環境整備が必要とお考えですか。
新築時に長期優良住宅の認定を取得する際、維持保全計画を策定することを求めています。しかし、新築時の維持保全計画がしっかりと履行されているか否かを確認する仕組みは完備されていません。ストックに関する市場の環境整備を進めていくためには、耐震改修や省エネ改修の促進といったモノを良くするという取組みだけでなく、居住後の適切な維持管理を誘導していくといった、時間軸を持った取り組み、言わば動的な取り組みが求められるのではないでしょうか。
また、良質な既存住宅が市場に供給される仕組みについても、検討を深めていく必要があります。コンパクトシティの実現に向けて、居住誘導区域内に居住を誘導することが求められていますが、その一方で居住誘導区域内でも今後、多くの空家が発生する可能性があります。高度経済成長期に、住宅が大量に供給された既成住宅地などで空家になった住宅をいかにして流通市場に円滑に乗せていくのか―。その点についても議論が必要です。
京都市では、空家や別荘の所有者に「非居住住宅利活用促進税」を課税し、市街化区域内の空家等を子育て世帯へ供給しようという条例を策定しました。こうした取り組みによって、空家になる前に既存住宅が円滑に市場へ流れていくような仕組みを構築できれば、居住が誘導されていくことが期待できます。
今後既成住宅地などで空家化する可能性がある住宅の多くは、新耐震以降に建築されたものとなっていきます。それだけに、適切な改修を行えば問題なく利用できるものも多く、これまでの空き家対策とは異なる取り組みになると考えています。
――市場に良質な既存住宅が供給されることで、より住宅を取得しやすい環境の創造につながることも期待できそうですね。
住宅価格の上昇については、適切な価格転嫁が行われているという点では、必ずしも否定的に捉えるべきものではなく、問題の本質は住宅価格の上昇に所得水準が追い付いていない点ではないかとの見方もあります。とはいえ、現実的に住宅を取得したくても、経済的な理由でそれがかなわないという方々の声を踏まえた対策を考える必要があります。
こうした問題を解消するための一つの方策として、既成住宅地に発生する空家を放置するのではなく、良質な既存住宅として供給することを促すなど、住宅取得に関する選択肢を広げていくことが求められています。
住宅取得に関する仕組みを充実させることも重要と思います。例えば自動車の残価設定型ローンのような、適切な維持管理と金融的な仕組みを一体化することで、無理なくマイホームを取得できる環境を整えていくことも一考に値すると思います。また、頭金の確保を支援することも、今一度検討に値するものと思います。
――住宅産業を巡る課題として、担い手不足問題がより深刻化してきていますが。
担い手不足に対応していくためには、DXなどによって生産性を向上する一方で、女性や外国人労働者など、住宅産業で従事する方々を増やしていくしかありません。
より多くの方々に門戸を開くという意味では、既存の資格制度にもう少し柔軟性をもたせてもいいのかもしれません。当然ながら、安全・安心は十分に担保するべきですが、雇用流動性が高まる時代に対応して、高校・大学等で建築を学んでおらずとも、必要な知識・経験を身につけた方は円滑に資格取得ができるような仕組みを考えていく必要もあるのかもしれません。
業務の効率化という点で言うと、ただでさえ有資格者が減っている中で、保険の仕組みなどを活用してリスクに対応しながら、審査業務を効率化していくといったことも考えるべき時期が来るのかもしれません。設計者サイドでAIなどを活用して、実際の申請前にある程度の〝当たり〟をつけるといったこともあり得るかもしれません。いずれにせよ、担い手不足の中で、業務効率化のためには聖域なく議論を行う必要があると考えています。
他の部局や省庁との連携も視野に
――来年度からスタートする新たな住生活基本計画についてですが、これまでの議論を聞いていると、住宅というハードから、暮らしというソフト面への広がりが顕著な印象があります。
2050年に目指すべき住生活の姿を考えながら、当面10年間で取り組むべき方向性を委員の方々に検討していただいています。2050年の目指すべき方向性から議論しているのは、少し長いスパンで捉えた将来ビジョンを関係者の方々と共有したいという考えからです。
先ほど品確法について、施行後25年が経過し、その重要性が高まっていると説明しました。我々も将来世代に同じように思ってもらえる施策を講じなくてはいけません。そのためにも、まず2050年の目指すべき方向性を共有することが必要ではないかと考えた次第です。
言い方を変えると、2050年のビジョンを明確にし、それを共有することができれば、後はその方向に向かって微調整を繰り返しながら進んでいけばいい。そういう意味では、2050年のビジョンは、今後の住生活施策が進むべき方向性を決める〝発射台〟のようなものです。
2050年のビジョンを検討するとなると、やはりハコとしての住宅だけではなく、暮らしへと視点を広げざるを得ません。その結果として、ハコだけではなく、暮らしに関する事項が増えつつあるのかもしれません。
――暮らしへと視点が広がるほど、住宅局だけでは完結することが難しくなるのではないでしょうか。
2050年の方向性と比較すると、10年間で取り組むべき施策の方向性などについては、ダイナミックさに欠ける印象があるかもしれませんが、10年間で取り組む施策の将来的意義を明確にすることには大きな意味があると考えています。そして、2050年の方向性を共有することができれば、国土交通省内の他の部局、さらには他省庁との連携も行いやすくなるのではないかと考えています。
これからの住宅行政については、関連する省庁や業界と協働して問題解決に取り組むことが増えていくと思います。その際に住宅局がハブ役として、関係する部局や省庁をつないでいく役割を担いたいと願っています。
例えば2025年10月に改正住宅セーフティネット法が施行になります。今回の改正では、居住サポート住宅という新たな制度が創設されます。居住サポート住宅とは、住宅確保要配慮者が入居する賃貸住宅に安否確認用のセンサーを設置したり、居住支援法人による訪問によって見守り機能を強化したりするものです。居住支援法人は、福祉事務所や高齢者福祉の相談窓口、母子家庭等・就業自立支援センターなどへのつなぎ役としても活動することになります。
この法律は、あくまでも賃貸住宅に居住する住宅確保要配慮者を対象としたものです。しかし、各地の居住支援法人がノウハウを蓄積する中で、遠隔地に住む親族から依頼を受けて、持ち家で一人暮らしをしている高齢者の見守りサービスを提供することも考えられます。住宅セーフティネット発のサービスであっても、それが広く地域の暮らしの安心につながることもあり得るのです。その時には他の省庁との連携も必要になるでしょう。
こうした取り組みが増えていくことで、住生活行政もハコとしての住宅ではなく、暮らしへと視点を広げていくことが可能になるのではないでしょうか。
(聞き手:中山紀文)
住まいの最新ニュース
リンク先は各社のサイトです。内容・URLは掲載時のものであり、変更されている場合があります。
イベント
内容・URLは掲載時のものであり、変更されている場合があります。
-
ダイテック 中小工務店の働き方改革をウェビナーで紹介
2025.09.12
-
ジャパンホームシールド 中古住宅市場参入に関するオンラインセミナーを開催
2025.09.03
-
CLUE 屋根工事業者向けドローン活用セミナーを開催
2025.08.28