New   2025.1.15

能登半島地震が突き付けた課題 応急仮設問題から見えてきた日本の住宅供給方式の限界とは

座談会「萌芽するシン工業化住宅」

 

2024年1月に発生した能登半島地震では、仮設住宅をめぐる新たな課題が浮上した。その課題について、(一社)日本モバイル建築協会の長坂俊成代表理事は、「仮設住宅をめぐる課題を突き詰めていくと、現在の住宅の供給形態の限界が見えてくる」と指摘する。同じく(一社)日本モバイル建築協会の技術アドバイザーであり、一条工務店在籍時に他社とは一線を画す生産方式の開発を担当した萩原浩氏は、「シン工業化住宅」とも呼ぶべき、新たな住宅供給方式の確立を志向しているという。木造建築をオープンな形で工業化しようとしているウッドステーションの塩地博文会長を交えて、応急仮設住宅問題から日本の住宅供給方式が迎えつつある限界点と、それを打破するための方策を考えていく──。

能登半島地震で仮設住宅などとして利用されたモバイル建築

長坂 俊成 氏
(一社)日本モバイル建築協会 代表理事(立教大学教授)

(独)防災科学技術研究所主任研究員を経て、現在は立教大学大学院社会デザイン研究科教授。木造モバイル建築の研究開発と普及を目的として2021年に非営利型一般社団法人として日本モバイル建築協会を設立し代表理事に就任。専門はリスク学、防災危機管理等。2024年度日本リスク学会グッドプラクティス賞を受賞。

萩原 浩 氏
(一社)日本モバイル建築協会 技術アドバイザー

1997年、一条工務店グループであるHRDの技術開発責任者に就任。2015年には同社代表取締役社長に。2024年11月に同社を定年退職後、2024年12月に日本モバイル建築協会技術アドバイザーに就任。

塩地 博文 氏
ウッドステーション 代表取締役会長

2018年にウッドステーションを起業し、現在同社の代表取締役会長。商社時代に建築素材「モイス」を開発、続いて在来木造のプレファブ化を体系化した「木造大型パネル」の開発に成功する。2021年度ウッドデザイン賞林野庁長官賞を受賞。著作である「森林列島再生論」(日経BP)が話題に。

──まずは(一社)日本モバイル建築協会が能登半島地震で果たした役割について教えて下さい。

長坂 当協会が提供しているモバイル建築は、工場で製造した建築ユニットをトラックなどに積載し、現場に輸送し迅速に建設・移築するものです。

短期間使用する仮設住宅だけでなく、建築確認申請を行えば、建築確認済証、検査済証が交付されるため、通常の住宅建築にも利用できます。その点で法律上は車両と見なされるトレーラーハウスとは根本的に異なります。

また、大部分をオフサイト、つまり建設現場ではない工場で製造するため、プレハブ住宅メーカーが提供する工業化住宅と同じ考えではありますが、あくまでも一般的な在来木造、もしくは2×4建築として提供しているので、型式認定などを取得する必要がありません。オープンな形で工業化を進めようとしているのです。

完成したモバイル建築による応急仮設住宅

当協会では、国難級の災害時に全国の工務店の方々と協力し、オフサイトで製造したモバイル建築を供給できるサプライチェーンの構築を目指しています。

先ほども言ったように、モバイル建築は通常の建築物としても利用できるので、平常時には常設の住宅供給にも利用できます。

能登半島地震では、当協会として初めての試みとして、被災地へモバイル建築を供給しました。発災直後、石川県と災害協定を締結していなかったこともあり、少し出遅れた部分もあったのですが、モバイル建築が恒久的に使用できるという点を評価していただき、応急仮設住宅として261戸のモバイル建築を提供しました。

いずれも本設移行が可能なものです。

また、支援者用仮設宿泊所として230戸、漆器産業・伝統工芸の再生を図るための仮設工房57戸も供給しました。

応急仮設住宅の問題の根底には住宅業界が抱える課題がある

──今回の震災での経験を通して、仮設住宅の問題点について感じたことがあったそうですが。

長坂 応急仮設住宅には、「みなし仮設」と呼ばれる賃貸住宅を活用したものと、新たに建設するものがあります。

新たに建設するタイプについては、(一社)プレハブ建築協会を中心としたプレハブ建築によるものが中心になります。

災害救助法では、災害発生から20日以内に応急仮設住宅の建築に着工し、原則2年間にわたり被災者の方々へ供与することになっています。ただし、自治体と国が協議を行い、必要な場合は供与期間を延長することができます。東日本大震災などでは、10年以上にわたり供与されたケースもあります。

プレハブ建築の応急仮設住宅については、いち早く完成できることを追求していることもあり、短期間の使用を前提としています。東日本大震災のように10年も住むことを想定していません。長期にわたり住宅として利用するための品質や性能が不足しているのです。高齢者の方々の場合、応急仮設住宅が終の棲家になることもあり得ます。

そう考えると、10年も使用するのであれば、応急仮設住宅であっても、通常の住宅並み、もしくはそれ以上の性能を備えておくべきではないでしょうか。法制度も含めて、そのあたりのアップデートができていないのが実情です。

一方で木造の仮設住宅も登場してきています。今回の能登半島地震では、熊本モデルと呼ばれる入居期間が終了した後も使用できる恒久使用型の建物も提供されました。性能についても、ZEHレベルの断熱性能を備えたものもありました。ただ、木造の応急仮設住宅の場合、施工力不足という問題があります。

復興需要を地域外へと流出させないことを考えると、被災地近隣の事業者が木造仮設住宅の建築に当たるべきですが、とくに地方部では平常時でさえ潤沢な施工力があるわけではない。恒常的な人手不足に直面しているのです。こうした状況下で、南海トラフ地震のような巨大地震が発生した際に、十分な量の応急仮設住宅を提供できるのでしょうか。

政府の南海トラフ地震の被害想定によると、賃貸型の応急仮設住宅が121万戸、建設型が84・4万戸も必要になるそうです。今回の能登半島地震で明らかになった実態を考慮すると、今のままではこの戸数を供給することは難しいと言わざるを得ません。

つまり、応急仮設住宅をめぐる諸問題の根源に、現在の日本の住宅供給方式が抱える課題があると言えるのです。

工業化のための工業化ではなく
より良い住宅のための工業化

──ウッドステーションでは、かねてから工場で製造する大型パネルを用いて、オープンな形での工業化、つまり「みんなの工業化」によって、新たな住宅供給方式を具現化してきたわけですが、長坂さんの意見についてどう考えますか。

塩地 今回、ウッドステーションの大型パネルを利用したモバイル建築も応急仮設住宅として供給していますが、長坂さんがご指摘するように、実態と法制度や応急仮設住宅の供給方式の間にギャップが生まれていることは間違いないでしょう。そして、その根底には日本の住宅業界が抱えている根深い課題がある。

あえて厳しい言い方をすると、現在の住宅供給方式については、多くの領域が〝オワコン化〟しています。その問題意識があったからこそ、ウッドステーションを創業し、オープンな形で工業化を進めているわけです。ただ、木造住宅の工業化という点で言うと、萩原さんが一条工務店で進めてきた手法が我々以上に完成度が高いと思っています。

萩原 私の現在の立場は、(一社)日本モバイル建築協会の技術アドバイザーとなっていますが、前職は一条工務店の技術部門を担当していました。(一社)日本モバイル建築協会の存在を知ったのは東日本大震災の時でした。

一条工務店は(一社)日本木造住宅産業協会に加盟していますので、木造仮設住宅の建設に携わりました。その時に、木造仮設住宅の問題点に直面し、「工場で製造したユニットを据え付けるだけで施工が完了できるようなことはできないか」と考えました。

様々な情報を漁る中で、(一社)日本モバイル建築協会のことを知り、「もう私の考えていることをやっている」と思い、その後、一条工務店として協会の活動を支援してきました。

塩地さんに触れていただいた一条工務店の話をすると、私自身、生産性を向上するために試行錯誤を繰り返した経験があります。プレハブ住宅メーカーさんからも多くのことを学びました。

一条工務店では、フィリピンで多くの部資材の製造を内製化し、なおかつ外壁タイルまで貼った状態のパネルを日本にコンテナで輸送し、日本で建築を行うという方式を確立しています。この方式を採用している最大の理由は、より良い住宅をより安く提供するためです。この最大のミッションをクリアするために、どの部分を工業化し、どの部分を現場施工に頼った方がいいのかを見極めながら、工場での生産システムを構築してきました。

また、ビスや釘の位置まで緻密に指定していき、本当の意味での実施設計を行うことができる設計力、そして、その設計情報を製造工程へ一気通貫で展開していく情報処理システムも一条工務店の強みになっています。

塩地 これは私の予想も入った意見ですが、一条工務店さんはプレハブメーカーとは全く異なるやり方で工業化を成し遂げているのではないでしょうか。工業化のための工業化ではなく、より良い住宅を提供する手法を追求した結果、工業化に辿り着いたという印象です。

さらに言うと、当社の進める大型パネルと比較すると、2×4工法という、より工業化に馴染む工法にこだわることで、より多くの領域を工場で完結できる仕組みを整えている。当社でも2×4工法の工業化との相性は認識しているのですが、「依頼があれば何でもやりますよ」という受託加工を標ぼうしていることもあり、やはり日本の住宅の大部分を在来木造が占めているという事実は無視できないのです。

全国の工務店とモバイル建築のサプライチェーンを構築

──萩原さんは、今後、(一社)日本モバイル建築協会でどのような役割を担っていくのでしょうか。

萩原 長坂代表理事から、モバイル建築のノウハウを全国の中小工務店と共有していきたいというお話がありました。中小工務店の方々にとっては、人手不足を解消するために工業化を推し進めたいと考えても、新たに製造ラインを整備したり、一条工務店のように独自の情報処理システムを開発することは難しい。

しかし、全国の工務店の方々で、技術やシステムを共有できれば、大規模な投資を行うことなくオープンな工業化を推し進めることが可能になるはずです。

それぞれの地域にあるプレカット事業者の方々にモバイル建築のパネルを製造してもらい、地域の工務店の方々がそれを活用して人手不足を克服しながらモバイル建築を提供していく。さらに言えば、地域産材と結びつくことで、それぞれの地域内でヒト・モノ・カネが循環する新たな形の工業化住宅を具現化できます。

私としては、(一社)日本モバイル建築協会の技術アドバイザーとして、一条工務店での経験も生かしながら、全国の工務店の方々などと協力し、こうしたサプライチェーンを構築していければと考えています。

長坂 全国でモバイル建築を供給できるサプライチェーンが構築されれば、平常時には恒久型の住宅としてモバイル建築を利用し、災害発生時には全国の工務店が協力して仮設住宅を供給することができるのです。

塩地 (一社)日本モバイル建築協会さんがやろうとしていることには、①工業化、②オープン化、③地域化、そして④DXという4つのポイントがあるのではないでしょうか。工業化だけなら、プレハブ住宅メーカーがやってきたことと大差はないのかもしれませんが、そこにオープン化、地域化、さらにはDXというキーワードが加わることで、これまでにはない住宅供給方式が確立される可能性があります。

我々のウッドステーションが目指している世界観も全く同じ発想です。それだけに、(一社)日本モバイル建築協会さんとの連携を深め、プレカット事業者の方々とのつながりの構築や、在来木造での可能性の追求といった部分で協力をしていければと考えています。

長坂 繰り返しになりますが、今の状況では南海トラフ地震などの大規模災害が発生した時、迅速に十分な仮設住宅を供給することは不可能でしょう。その問題の根底には、人手不足といった現在の住宅業界が抱えている諸問題があります。この諸問題を解かない限り、未曽有の大災害という国難に立ち向かうこともできません。

塩地さんがご指摘したように、工業化にオープン化、地域化、DXという要素を加えたモバイル建築を普及させていくことで、平時には住宅業界の人材不足などの解消に貢献し、災害時には恒久使用にも耐え得る応急仮設住宅のスムーズな供給が行えるようになると考えています。