YKK AP、律儀に守った社長の65歳定年。堀氏は会長 魚津社長は黒部出身、世界企業の郷土愛
春は人事の季節。今年も産業界ではトヨタをはじめトップ交代が報じられているが、建材産業界では、YKK AP が4月1日付で堀秀充社長が会長に、魚津彰副社長が社長に昇格することを発表した。これに伴って、吉田明会長は退任、取締役に就く。
この社長交代、1月17日のメデイアに対する「方針説明会」で発表されたものだが、YKKを知る記者たちには、薄々ながら感じるものがあった。というのも同社は社員に対して定年制を廃止したが、執行役員は65歳、取締役は70歳~73歳との上限年齢を決めている。社長も執行役員なので、この条件に照らし合わせると堀社長は今年65歳、そろそろか―と推察できるわけ。そして案の定、方針説明会の冒頭に堀社長が「私も上限の65歳になりますので」と社長交代を告げたのだ。まあ、律儀この上ないといった感じだが、こうしたところがYKKグループの正直なところで、これを決めた創業者の吉田忠裕相談役も自らこの流れで社長、会長を退いてきた。なかなかできることではないがある意味、それが実行できるほど人材育成ができているということであり、さらに言うならそのラインを念頭にトップは経営努力をし、同時に次の後継者の養成を目指すということにもなる。経営者の働き改革といったところだが、新陳代謝による企業の活性化ということのメリットは少なくない。
2代目社長として堀氏は12年間をそれこそブルドーザーのように先頭に立って走り続けてきた。決して恵まれた環境で先代からバトンを受けたわけではない。就任その年に東日本大震災が発生、就任前からその対応に追われた。経営状況も2009年に赤字に転落して以降厳しい状況が続いていた。市場もライバル会社としてLIXILがスタートするなど、激しい市場競争にあった。新たな価格戦略を打ち出しこの価格競争をしのいだ。一方で窓としての完成品を生産、販売する窓メーカー宣言に基づき、わが国初の樹脂窓の企業化に乗り出す。流通からの反発も含めて大苦戦するが、これを軌道に乗せ、樹脂窓事業として一本立ちさせる。省エネルギー、高断熱化の流れのなか樹脂窓は今やブランド価値も含めて同社の大きな強みになっている。「善の巡環など前社長の企業理念のバトンを落とさずに次につなげられたのがよかった」は実感だろう。難しい2代目社長の任を十分に果たしたといっていい。
そして新社長の魚津彰氏。ある意味、満を持しての登板と言っていいかもしれない。APという建材事業の生え抜きである。入社以来、一貫して営業畑を歩いてきた。樹脂窓を軌道に乗せた立役者であり、明るく、誠実で粘り強い人柄は社内はもとより販売店など外部からの信頼は厚い。趣味はウオーキングというほどよく歩く。スキーは指導者資格を持つほどの腕前だ。2022年に海外担当の副社長になったのも、この日に備えてこれまでの国内の営業一筋に加えて海外事業の経験、知見も、の意図があったかとも読めるのだ。ただ、魚津氏の社長就任で思い知るのは、YKKという会社の富山愛、黒部愛だ。問えば、‘‘たまたま‘‘、‘‘偶然‘‘と言われるかもしれないが、魚津氏は黒部出身である。黒部を発祥の地とし、技術の総本山とする世界企業、YKKの姿を魚津氏は子供のころから見続け、そして入社する。
YKKグループの2代目社長でありYKK APの初代社長の吉田忠裕氏は、YKK創業者・吉田忠雄氏の企業精神や企業理念「善の巡環」を継承、発展させるとともに、本社機能の一部を黒部へと移転させている。地方創世が唱えられる中、その先陣を切った形だ。黒部回帰であり、原点回帰だ。世界企業として、黒部から世界へ発信する複眼経営の自信を一段と強めているといっていいだろう。
そうした矢先での黒部出身の魚津氏の社長就任である。後々の将来のことを考えると偶然、たまたまといったほうがいいのだろうが、堀氏が「私は九州出身だが、魚津さんは黒部出身でこれは社長として強みになる」と語っている。地元の富山県、黒部市も大いに盛り上がることだろう。
魚津氏は説明会の挨拶で「地球環境への貢献、顧客への新たな価値の提供、社員幸福経営」の方針を掲げ、「2030年のありたい姿(ビジョン)を策定する」と語った。細かい事業戦略、経営施策など具体策は近く明らかにすることだろうが、「新規事業など裏からサポートしたい」と語る堀会長とのコンビで、新たな時代へのどのような挑戦のシナリオを描き、実践するのか楽しみではある。
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