2019.9.13

日本人が知らない日本の春画

画期的なドキュメンタリー映画「春画と日本人」が劇場公開

今、私たちは、「春画」という芸術世界をどこまで知っているのだろうか。まだかなりの多くの人が、卑猥なわいせつ物的なイメージを持っているのではなかろうか。「いやらしい」と顔をしかめる向きも少なくない。だが、この春画は、江戸時代を代表する浮世絵師たち、葛飾北斎、喜多川歌麿、菱川師宣らが、競って絵筆をとり、傑作を生み出した。その芸術性を高く評価したのが、残念ながら日本ではなく、海外だった。2013年にロンドンの大英博物館で開催された日本芸術としての「春画展」は大成功を収めた。その勢いを駆って、日本巡回展が企画された。ところが、東京国立博物館をはじめ多くの博物館が逡巡し、展示会開催は不調に終わった。ただその中で唯一、開催を引き受けたのが、小さな私立博物館「永青文庫」(東京都文京区)だった。2015年9月、わが国初の大規模な春画展が開催された。国内外に秘蔵されてきた春画120点を一堂に集めた同展は、3カ月の会期中、21万人を集めるという大成功を収めた。しかも、来場者のうち55%が女性ということも話題をさらった。それまで永青文庫の年間入館者が2万人というのだから、その凄さは今も語り草だ。

この展示会の模様、そして本家の日本での春画への不当な扱い、さらには春画を通しての日本社会の不都合な「忖度」構造を、春画の芸術性を高く評価し、研究、収集してきた人たちの声を交えて浮き彫りにしたドキュメンタリー映画「春画と日本人」が劇場公開されることになった。元々は、研究・教育目的の自主上映会向けに制作されたものだが、それが劇場公開されるということも異例であり、反響の行方に美術界はもとより各界の注目が集まっている。

劇場公開に先駆けて、日本記者クラブで上映会が行われた。無修正での春画が多く紹介されるが、江戸時代、庶民から武家までが楽しんだ「笑い絵」とも呼ばれた春画が、明治時代以降に弾圧されたまさに不都合な真実として今に至る歴史的な経緯が語られる。何万の春画、数千の版木が燃やされ、名品は海外に流出したと言う。だが、自由の身になった戦後においても、春画の復権はならなかった。映画では、浮世絵や日本美術史の研究者、コレクターたちが実体験を交えながらそうした状況を赤裸々に語る。春画の受難史であり、永青文庫の成功へと繋ぐ関係者の苦労と努力の言葉と行動が胸を打つ。これまで数多くのドキュメンタリーを手掛けてきた大墻監督も「春画を展覧会など世に出す苦労をしてきた人たちの足跡をこの映画で知ってもらえたら」と話す。

男女の交わりを描いた春画は、江戸時代、当代きっての浮世絵師たちが描いたが、それだけに技術的にもその他の浮世絵や版本をしのぐ高い水準を保っていた。当時の摺り,彫りの最高技術を楽しめるのも春画の特徴と言う。大墻監督も「芸術性に優れた春画には肉体を立体的に描写する線の力、人肌や着物などの鮮やかな色彩と光沢を表現する技術、そして江戸の浮世絵師たちの卓越した世界観や構図感覚があり、今も私たちを感動させる力を持っている」と春画の魅力を語る。

確かに現在は、無修正の春画が普通に出版され、書店でも手に入るのに、なぜ本物を展覧会で展示することを忌避する目には見えない壁が存在するのか。世間から隠そうとするのか。といった素朴な疑問も映画では問いかけ、日本の社会構造も問題提起する。

9月28日から「ポレポレ東中野」(東京都中野区)でロードショー公開(18歳未満入場禁止)となるが、既に全国の劇場から上映希望が寄せられているという。4年前に21万人を動員した春画展が、今度は映画として世に出る。ちょっとした春画ブームを引き起こす予感がしないでもない。

「春画と日本人」ポスター画像(https://www.shungamovie.com/