2020.8.18

新型コロナに挑む「国境なき医師団」

紛争下のイエメンの苦闘を日本人責任者が語る

新型コロナの感染拡大に憂鬱な日々が続いているが、国外に目を向けた時、止まぬ内戦による命の危険と、劣悪な医療環境のもと新型コロナ対応に苦闘する人たちの存在に想いをはせる日本人がどれだけいるだろうか。国際的な医療・人道援助活動を行う団体、「国境なき医師団(MSF)」の日本人スタッフ、萩原健・緊急対応コーデイネーター兼活動責任者、落合厚彦・プロジェクト責任者の両氏がこのほど派遣地のイエメンから帰国し、日本記者クラブで語った現地の状況はあまりに悲惨、過酷なものであった。と同時に、MSFから19人の日本人スタッフが派遣され医療・人道支援に取り組んでいるとの説明にはただただ頭を下げ、敬意を表するのだ。

国境なき医師団 緊急対応コーデイネーター兼活動責任者 萩原健 氏

アラビア半島に位置するイエメンは2015年3月以来、暫定政府軍と反政府武装組織・フーシ派の対立が続く。和平、休戦、停戦協議も依然として恒久的な解決には至っておらず、紛争は局地化している。これまでに11万人以上が亡くなり、難民は27万人、国内避難民は365万人(過去3年)に上る。人口3050万人に対し、約80%の2430万人が人道援助を必要とされ、通貨下落、物価高、高失業率等に脅かされている。特に医療体制は従来から医療施設の半数はフル稼働しておらず、それでなくともこれまでのコレラ、デング、マラリア、ジフテリアなど感染症の対応に追われる中、新たな新型コロナウイルス感染症が医療現場をより厳しいものにしている。MSFは2007年から国内13県、12か所の直営医療施設で活動しており、20か所以上の現地医療施設も支援している。

国境なき医師団 プロジェクト責任者 落合厚彦 氏

イエメンで新型コロナの疑いがある患者がMSFの病院に訪れ始めたのは3月下旬からで、4月には陽性例を確認した。ただ、新型コロナの検査能力は極めて脆弱で、死者が出ても何が何だかわからない状態が続いたという。そんな中、MSFは様々な感染症治療や予防のノウハウを持つ。世界的な蔓延が明らかになる時点で現地病院への医薬品供給や感染予防研修を行い、6か所の保健省のコロナ治療センター開設の支援にも取り組む。イッブ県の「アッサフル・コロナ治療センター」開設を場所選定から施設規模・病床数、レイアウト、スタッフなど全面的にサポートした落合氏は「経験のない寄せ集めのスタッフのトレーニングに苦労したが、治療設備もコロナ治療で最も重要な酸素ボンベが足りず、集中治療室のベッド数を当初は制限せざるを得なかった」という。5月末の断食月のラマダン明けから人の移動が活発になるが、そのころからMSFの医療施設を訪れる患者が減り始めた。感染者が減ったのではなく、SNSなどを通じての流言飛語だ。「見えないコロナへの恐怖もあるのだろうが、‘‘病院に行けば、特別な注射を打たれて殺される‘‘ ‘‘病院に行けば拘束される‘‘などが飛び交った」(萩原)という。このため、「来院するのは重症化してから」というケースが増えたとも。

アッサフル・コロナ治療センターの様子(国境なき医師団 日本記者クラブ会見資料より)

紛争の前線に近いところにもMSFの施設があるが、「流れ弾を防ぐため窓には鉄板が張られている。換気が悪く、コロナに対しては患者やスタッフの安全を守ることがより厳しくなっている」(落合)と危機感を募らせる。

萩原氏は「長引く紛争で、すでにイエメンの医療体制は崩壊している。そこへ新型コロナである。不十分な医療体制、限られた検査能力、加えて医療施設への不信などによって実態把握は極めて難しく、どこにどれだけ拡散しているのか、いないのかも、つかめない。このままでは貧弱な衛生管理などもあって市民生活はますます疲弊し、加えて先細りの国際社会の支援の状況を考えるとイエメンの医療体制は壊滅的になる」と語る。関係当事者間の紛争解決への協議加速はもとより、国際社会の支援の拡充が求められるということだろう。

日本では今、感染拡大がやまず、ワクチン、治療薬の開発もままならない中、ウイズコロナのもと社会生活・経済活動との両立が目指されているが、イエメンの状況を照らし合わせると政府への対応策の不満など贅沢なのかもしれない。アフリカなどコロナ感染の勢いがやまない国々は多い。紛争や貧困など二重、三重の困苦に脅かされている国も少なくない。先進国がどこまで手を差し伸べることができるか。それこそ先進国という名の先進国たるゆえんが試されているように思う。コロナ自粛が続く中、MSFの重い記者会見だった。